第93話 夕方の光景
終業間近。
誠はかえでとのデートの事を思い仕事に集中できなかった一日について思い描いていた。かえでの性癖はかえでが『愛の日記』と呼ぶ無修正動画で誠は知り尽くしていた。今回のデートでたぶん誠は童貞を卒業することが出来るだろう。しかし、普通に童貞を卒業したい。後ろの穴がお気に入りのかえでに無理やりそちらで童貞喪失は勘弁してほしかった。
「どうしたんだい?浮かない顔をして。僕の理想の顔が台無しだよ。君にはもっと自信に満ちた力強い顔をしていてもらいたい。僕はそれを望んでいる。そして君にはその資格がある……違うかい?」
そう言って歩み寄って来たのは他でもないかえでだった。誠はその思いの対象の人物がいきなり現れたことに驚いて顔を上げた。
「そりゃあ、オメエに変なことされることを想像して憂鬱なんだろ?普通の女が相手ならうれしいだろうが……かえで、オメエは変態だ。だから変態が伝染るんじゃねえかと神前は考えているんじゃねえか?」
かなめもまた今日一日を不機嫌で通していた。
「僕が変態?僕が快楽至上主義者なのは事実だがその言い方は無いんじゃないのかな?全身で快楽を味わう。その為に女性は作られている。僕はその中でも最上の身体を持っているのは事実なんだ。お姉さま。自分の身体で気持ちよくなれる場所はどこでも使う。それが僕の合理主義だと思っているよ?お姉さまも僕を色々気持ちよくしてくれたじゃないか」
かえではそう言って姉であるかなめに笑いかけた。
「変態と言うものは変態の自覚は無いものだ。日野少佐。私から見てもあなたは変態だ」
端末を終了しようとしていたカウラがポツリとそうつぶやいた。
その時機動部隊の詰め所のドアが勢いよく開かれた。
「みんな!元気してる!アン君は元気みたいだけど……」
部屋を見回していつものド派手なピンクのパーカーを着たアメリアが機動部隊の詰め所に闖入してきた。
「ああ、クラウゼ中佐!今日はちょっと夜間中学の宿題が溜まってるんで早めに帰ります!」
『男の娘』アンは、その元少年兵の勘でなにか嫌な雰囲気でも感じたのか、そう言うととっとと詰め所を出て行った。
「なあに……あの子。すっかり逃げ腰になっちゃって……それよりこの部屋。雰囲気悪いわよ。ははーん。誠ちゃんがついに童貞喪失をする日が来るのがそんなに嫌なのね。でも、かえでちゃんならテクニックを色々教わって上手くなったところをおいしくいただく。そんなのもアリなんじゃないかなあって私は思うのよ」
アメリアはどんよりとした部屋の雰囲気を察して沈んだような顔をして誠に向けて歩み寄ってきた。
「誠ちゃん。童貞喪失がそんなに怖い?こういう時は、月島屋でパーっとやって忘れちゃいましょうよ!たぶんかえでちゃんの事だからトラウマになるような童貞喪失になるだろうからそのトラウマが残る前に明るくやりましょう!」
すっかり飲む気満々のアメリアはそう言いながら誠の肩を叩いた。
「おい、飲むなら日野と渡辺も連れていけ。隊長からしばらくはテメー等は五人で行動しろって言うお達しが出た。分かったか?金ならアタシが出してやる」
それまで様子を巨大な機動部隊長席で見守っていたランがそう言った。その言葉にかなめの顔に怒りの表情が浮かんだ。
「なんでこいつと?なんでこんな変態と神前がくっ付くのをアタシ等が手助けしねえといけねえんだ?かえで、月島屋に来るのは勝手だが移動はいつも通り神前はカウラの『スカイラインGTR』だし、席も離す。当たりめえだ!」
ひねくれたかなめの言葉にかえでは余裕の表情を浮かべる。
「移動は譲りましょう。でも席は譲りませんよ。僕と誠君は将来を約束された仲だ。隣同士に座るのが当然だと思うのだが、お姉さまにはそれが気に食わないようですね……でも誠君もいずれ僕無しでは生きられない身体になる。僕は恋愛に関しては焦らない質なんだ。だから必ず成功してきている。それを考えたらまあ、今日くらいはいいでしょう」
そう言うとかえではいつも通り黙ってかえでの隣で控えていたリンを引き連れて部屋を出て行った。
「西園寺さんは言いすぎですよ!あの人はただ変態なだけで悪い人では無いんです!僕、かえでさんに謝ってきます!お先失礼します!」
誠は急いで端末を終了すると立ち上がり部屋を出て行くかえでの後を追った。