第89話 統一された『非合法法術武装組織』
無駄話に現を抜かす部下達に怒りに任せて20キロマラソンを命じて機動部隊の詰め所を出たランはその足を隊長室に向けた。
ノックもせずランは嵯峨がぼんやりと端末を眺めている隊長室に入り込んだ。
「なんだ、聞いた話じゃ銀行の通帳見てにやけてると思ったが、仕事をしてるじゃねーか。『駄目人間』が珍しい」
毒づくランに嵯峨は特に反応を示すことも無く端末のキーボードを叩き続けた。
「俺はね、今ハートブレイクなの。確かに最高の女は手に入ったけど、お蔦はアイツ一人じゃ俺の相手は務まらないとか泣き言言うんだ。俺、絶倫なのは格安風俗店で嬢からよく言われたからしってるんだ。だからね、俺は今でも彼女募集中の身の上なんだ。それに俺はある事情があって妻を複数貰って良いことになってる。俺の相手は一人じゃ務まらないから……そうだなあ、あと二人は欲しいな」
嵯峨はとんでもないことを口にしながら画面に目を走らせていた。
「諦めの悪い男だな。安城少佐はそんな女じゃねーぞ。それにこの東和でその事は口に出すんじゃねえ。東和じゃ重婚は犯罪だ。隊長にまで犯罪者になられたらアタシの面子は丸つぶれだ」
ランはあざ笑うかのような笑みを浮かべてソファーに腰かけた。
「いやあ、それは知ってるんだけどね。最近は秀美さんも暇になったんじゃないかなあ……俺が慰めてあげようかなあ……大人の危ない火遊びににでも誘おうかなあとか考えてたところだったのよ、この頃は」
嵯峨の冗談だか本気だか分からない言葉を聞いてランは表情を曇らせた。
「公安が暇になった?どういうことだ?」
ランの言葉を聞いて初めて嵯峨は顔をランの方に向けた。
「以前から続いてた法術テロ組織のアジトが秀美さん達が到着した時には血の海地獄になってたって言う事件。最近起きてない。そりゃあそうだ。もうそんな組織は東和には存在しないんだから……たった1つのその事件を起こしてきた当事者。いわゆるそう言う組織を統一した『勝者』以外にはね」
嵯峨の言葉にランの表情は緊張した。
「ついに『廃帝』は非合法法術研究組織をすべて壊滅させたわけか……だが、非合法法術研究をしているのは何もテロ組織ばかりじゃねーぞ」
ランの言葉に嵯峨は素直にうなずいた。
「そう、遼州同盟加盟国、地球圏の国家群。そして民間企業でも密かにやってるところはあるみたいだね。でも、そいつ等を攻撃すると後で面倒になること位は『廃帝』も知ってると思うよ。潰してそれで終わりの弱小組織は見せしめになるほどの残酷さで踏みつぶす。面倒なことになりそうな強い相手には『最強の法術師』という看板を使って交渉カードをちらつかせて話し合いのテーブルに着く。理性的な人間ならそう言う常識を心得ていると思うんだ。事実、ネオナチ連中とはテーブルについて話し合いの結果、未調整の法術師を売りつけることで手打ちとなった。公安にとっては国家や企業やネオナチクラスの大物になると手出しをするのに司法局本局の許可が要る。その時は俺達にも支援の要請が来るはず。それが無い。ということは秀美さんは今暇。だから……」
嵯峨はそう言って品性下劣な笑みを浮かべた。
「やっぱり隊長は『駄目人間』だわ。諦めの悪さもここまで来ると芸術品だな」
ランは匙を投げたようにそう言うと気分転換の為に伸びをした。