第83話 金銭感覚の参考にならない女
「叔父貴、なんだよ。気持ち悪いぞ、そんな銀行の通帳なんかニヤニヤして……ああ、アタシの銀行使ってるんだ。これはお客様だな。感謝しねえとな」
朝の一服を吸いに来たかなめが嵯峨を見つめると開口一番にそう言った。
「かなめちゃん。隊長に金を持たせて本当に大丈夫なの?ろくなことに使わないわよ」
「あのお蔦と言う女が居る。たぶん財布はお蔦が握るだろう。お蔦はあの貧しい甲武で小料理屋をやっていたらしいじゃないか。じゃあ経済観念もしっかりしているだろう。それに隊長も子供じゃない。そんな無茶なことはしないだろうな」
かなめの付き合いでやって来たアメリアとカウラの表情には心配の色が浮かんでいた。
「でもカウラちゃん。いわゆる夜のお仕事をしていた人って金銭感覚がおかしい人が多いって言うからきっと無駄遣いしてあっという間にお金なんて無くなるわよ。そうに決まってるわ!」
アメリアは平然とそう言い放ちながら嵯峨の手にある通帳を覗き込み、そこにある金額に驚愕の表情を浮かべていた。
「しかし、お蔦は身請けされてからは一人で長い事小料理屋を経営していたんだろ?店を経営出来て長年潰さなかったということは経済観念は狂っていないと言う証だ。それに甲武の女郎は給料を貰って生活している訳ではない。大金をいつも手にして遊び歩いている東和の風俗嬢とは違う。その点ではお蔦の経済観念は狂っていないと考えるのが自然だろう」
珍しくお蔦の肩を持っているようなカウラの言葉に驚きながら誠は周りの女性陣の話に聞き耳を立てていた。
「それにしても20億か……軍閥の首魁やら国際機関の特殊部隊の隊長をやってた割にはちんけな金額しかためてねえんだな。アタシも自分の給与明細なんて見たことがねえ。あんなもんただのタバコ銭だろ?アタシはこの仕事をやめると『無能』の烙印を押されて甲武四大公家の家督を分家の会ったことも無い馬鹿にかすめ取られるのが嫌だから続けてるだけで別に金のために働いている訳じゃねえからな」
かなめはそう言ってタバコを悠然と吹かした。
「確かにかなめちゃんの金銭感覚は完全に壊れてるものね。数千万のティアラを私とカウラちゃんにポンと買って見せたり、そのタバコだって一箱千円。それを安物だと平然と言う。しかも月島屋で吸ってる葉巻の『コイーバ』だっけ?あれは一本五千円でしょ?そんな生活かなめちゃんが荘園領主として平民から搾取してるから得られるわけで、普通に働いてたら一生縁がないわよ」
アメリアは責めるようにかなめにそう言った。
「そんな人を悪徳領主みたいに言うんじゃねえよ。アタシはアタシなりに苦労してんの!それにアタシは東和の金持みたいに服に金をかけている訳でもねえし、住まいは月五千円の寮生活。飯だって食い物にこだわりがねえから街中華でもあればそれで十分。アタシのどこがぜいたくな生活なんだよ!言ってみろ?アタシの酒とタバコ以外で贅沢しているところ。何かあるか?せめて甲武一の貴族の頂点に立つものとしてその二つのぜいたくは譲れねえ。これを辞めたら甲武という国の最高位の貴族の地位にあるという事実にアタシが自分で泥を塗ることになる?分かるか?それが貴族ってもんなんだ!これがアタシなりの愛国心なんだよ!」
かなめは必死になって反撃するが数千万のプレゼントや数千円の葉巻を毎日吸うかなめの言葉には全く説得力がないと誠は考えていた。