第82話 貧乏の染みついてしまった貴族
「それは普通の人の話。俺は策士なんだよ。それも貧乏生活のプロフェッショナルの策士なんだ。そこんところだけは神前にもきっちり理解しておいて欲しいな」
嵯峨は自慢しているんだか自己卑下しているんだか良く分からないことを口にした。
「貧乏自慢ですか?でもこれで月3万円生活脱出じゃないですか。しかも、かえでさんがそれなりに豪華なお屋敷を隊長のために買ってくれるらしいですからもう貧乏人じゃないですよ。立派なお金持ちですよ。ようやく甲武を代表する貴族の暮らしが出来るんじゃないですか。おめでとうございます」
誠の言葉に嵯峨は困ったような顔を一瞬した後、決意を込めたような顔で誠を見つめた。
「神前よ。俺は月3万円生活に誇りを持っている。というかあまりにそんな生活が長いので金の使い方を忘れちまった。そこでこの通帳は帰ったらお蔦に預けて再び月3万円生活に戻る。これは俺の覚悟。それが俺の生き方。人にとやかく言われる筋合いはないね」
嵯峨は決意を込めた口調でそう言い切った。
「それちょっと迷惑なんですけど。隊長は月末になると僕とかいかにも貯金してそうな人の所にたかりに来るじゃないですか……かえでさんはそのあまりにみじめで貴族どころか社会人失格の隊長の暮らしをなんとかしようと茜さんを説得してくれたんですよ。その気持ちを無下にするんですか?」
そう言って誠はため息をついた。
「だってさあ、俺にはお蔦が居るじゃん。だから風俗店に行く必要はねえじゃん。それに酒とかはお蔦は甲武で小料理屋をやってたくらいだから何とか手配してくれるからその金の心配もない。俺は食通じゃないから昼飯は期限切れの捨て値のカップ麺で十分。そこはそれ、俺不死人だから栄養のバランスとか考える必要が無いから腹を膨らませればいいんだよね。そうなると3万円……このほとんどをオートレースにつぎ込むわけだが、これもお蔦がオートレースを知らないから連れて行ってくれと言われてるからその時の金もお蔦持ち。こうなると3万円でも使い道が無くって多すぎるくらいなんだ。つまり俺の生活はより充実したものになる。これで忠さんに頼んでいたタバコ……ああ、違う銘柄のタバコは吸いたくないからその必要はないか。でもまあ、たまにお蔦と行くラブホの金ぐらいはなんとかなるようになる」
嵯峨は完全に貧乏生活に慣れきっていて3万円の使い道に迷うところまで極貧生活を極めた男とかしていた。
「でもたばこ代とか……そう言えばこれまでもタバコ代ってどうしてたんです?その金はどうしてたんです?自動販売機の下を漁って小銭でも拾ってたんですか?」
喫煙と縁のない誠でもタバコに高額な税金が掛けられていることくらいは知っていた。
「ああ、これね。これは忠さんから……ああ、甲武第三艦隊提督の赤松忠満中将からの贈り物。俺はこのタバコ。甲武国軍の軍用タバコの『錦糸』しか吸わねえんだ。だから、無理を言って忠さんに譲ってもらってた。忠さんも昔っからタバコは吸わないから支給されるタバコがあまってこまってるのをきいてたからそれを分けてもらってたわけ。だから俺はこれまでもこれからもタバコで金を使うことは無いわけだ……そうなると3万円……何に使うかな……」
嵯峨の貧乏生活がもたらした金銭感覚のマヒはそのレベルが小学校低学年がお年玉の使い道に困るレベルにまで達しているんだと誠はしみじみと感じていた。