第8話 不審なタクシーと芸者
「しかし、交代まで暇だな……この中途半端な時間と言うのがどうにもやりきれない」
誠はこたつに入ることもできずに守衛室の窓枠に頬杖を突きながら隣の工場の敷地を眺めていた。
隣の工場『菱川重工業豊川工場』はこの地域の工業地帯の中核をなす巨大な工場だった。
ラン曰く『落ち目の工場』と呼ばれていたこの工場は誠が使用するこの工場の兵器工廠としての最後の賭けである『05式特戦乙型』の活躍により一躍菱川グループの注目の工場となった。
重装甲、重火力、高運動性を誇るものの機動性ゼロと言う05式は東和陸軍の次期主力シュツルム・パンツァーのコンペに負けて『駄作機』の烙印を押された。しかし、誠が活躍した『近藤事件』、『バルキスタン三日戦争」、『同盟厚生局違法法術研究事件』におけるその重装甲、重火力、高運動性という機体特性は運用次第では最強のシュツルム・パンツァーとなり得ることを証明した。東和陸軍は次期主力シュツルム・パンツァーとして納入を開始していた07式の制式配備計画を白紙に戻して05式の改良型が本格的な次期主力シュツルム・パンツァー選定までのつなぎとして東和陸軍に配備されることが再検討されていた。
まだ機体が配備されていない第二小隊にも3機のその05式の改良型の先行試作型が配備されることになると誠は聞いていた。さらに現行の旧式化した02式の後継機として05式のコンセプトをベースにした試作機の開発が始まると言うことで、取り壊された大型重機製造ラインの跡地に巨大なシュツルム・パンツァー開発施設が新たに建設されているという。誠は自分がこの工場を『終わった工場』から『期待される工場』に変えたという自分のやった行為に正直戸惑っていた。
「05式の改良型か……どんな機体なのかな……05式の弱点はなんと言っても機動性。かえでさんは空間制御の法術で機体を加速させてその機動性を補うことが出来るから良いけど、残りの二人にはそんな力は無いからな。当然、今度の改良型はエンジンの強化とその機動性への力の割り振りのバランス調整とかしてくるんだろうな。でも、そんなことなら僕の機体も第二小隊が本格始動してくれたら後付けで改造して機動性を上げてくれればいいのに。あの鈍足は操縦してて腹が立つんだ。でも予算がうちには無いから。あの『人類最強』の法術師のクバルカ中佐の機体に『法術増幅システム』を増設した時だって三か月待たされたんだ」
誠はまだ来ない新型に対する機体に胸を膨らましながら工場の連絡道路を眺めていた。
そこに一台のどこにでもあるありふれたタクシーが走っているのが目に付いた。
しかし、工場の敷地は関係者以外進入禁止のはずである。タクシーが走っているということは非常に珍しいことだった。
「誰だ?あれ。今日、司法局の本局からお偉いさんが来るなんて……西!今日の午前中に誰か訪問客があるなんて予定は有ったのか?そう言うのは前もって確認しておかないと駄目じゃないか!」
誠はゲームに夢中の西に向ってそう叫んだ。西は面倒くさそうにゲーム機を置いてこたつから這い出ると来客予定表のあるテーブルまで這っていった。
「そんな予定聞いてませんよ……でもなんでそんなこと言うんです?偉そうな高級乗用車でも停まってるんですか?それに朝からうちみたいなところを視察する偉いさんなんて居ませんよ。どうせうちは『特殊な部隊』ですから。こんなところに朝からくるような暇なお偉いさんなんて誰もいませんよ」
西は不審そうに誠にそう言ってきた。
「いやあ、タクシーが近づいてきてるんだ……あ、停まった」
タクシーは隊の通用道路の前で停車した。誠は不審そうにそのタクシーを見つめていた。
タクシーからは和服を着た若い女性が降り立った。しかもその頭を見ると日本髪を結っている。いくらかつての日本を真似した国であるここ東和共和国でも日本髪の女性など、滅多にいるものでは無い。たまたま、誠は東都の下町の出身なので、実家の剣道場の近くをちょっと自転車で走っていたりすると本物の日本髪を結った『芸者さん』に出会うことも稀にではあるがあるのでその日本髪がかなり本格的なものであることくらいは遠目からでも察することが出来た。
「タクシーから芸者さん?なんだ?また隊長が馬鹿やって隊に芸者を呼んで昼からお座敷遊びでもするのか?そんな金、あの月3万円で生活している貧乏人の隊長にあるのかな?」
若い芸者はタクシーの支払いを済ませると真っすぐ守衛室に向ってきた。
「隊長にも困ったもんだ。でも芸者遊びって金がかかるんだろ?あの人月3万円で生活してるはずだぞ……あれか、オートレースで馬鹿みたいに勝ったとか、違法カジノで大穴当てたか……別にそれはいいんだけど職場にまで芸者を呼ぶことなんか無いんじゃないかな……だからクバルカ中佐から『駄目人間』って呼ばれるんだよ」
誠は年のころは18くらいに見える芸者は遠目から見てもはっきりとわかるほどの美貌を誇り、誠はその和服との調和に惹かれつつもそう愚痴っていた。