第79話 嵯峨の戦場を知る幼女
急にお蔦の視線が店の入り口に向いた。
「店の外、誰か来たみたいだよ。アタシは甲武で小料理屋をやってたからね。客が来るのを見つけるのは得意なんだよ」
お蔦はそう言って店の入り口に目をやった。そこには小さな人影が1つ電灯の明かりに照らされて扉越しに見えた。
「あれはクバルカ中佐……昨日の詫びにでも来たのかしら?あの人も律儀と言うかなんと言うか……」
春子はそう言うと小走りに入り口の引き戸の鍵を開け、着流し姿に厚手の羽織を羽織ったランを店の中に案内した。
「すまねー春子さん。昨日は……ってなんでオメーがここに居るんだ?オメーにはあの『駄目人間』の溜まり切った性の処理という仕事があるだろ。とっとと帰れ!」
頭を下げたランは店の中にお蔦が居るのを見て驚いたような顔をした。
「アンタ、人を何だと思ってるのさ!なあに、同じ男を好きになっちまった者同士昔と今の新さんの話をしていたんだよ。変わったこと、変わらないこと。色々あるってね」
お蔦はそう言うとお猪口の酒を飲み干してランに差し出した。
「酒か?アタシは車で来てるんだ。飲みたいところだが今日は飲めねー。それに昨日のこともあるし……」
ランは照れながらお蔦の杯を断った。そしてそのままお蔦の隣の椅子にちょこんと座った。
「ランさん……いや、クバルカ中佐……それも違うね。あの男達に言わせるとアンタには『真紅の粛清者』の名がふさわしいらしい」
お蔦は夕方に出会った元嵯峨の部下達が最も恐れた敵であるランの彼女の最も嫌う悪名を口にした。
「そーかい。楠木の野郎のうどん屋に行ったんだな?そこで隊長が春子さんやお前さんが知らない戦場での隊長の本当の顔を聞かされたわけだ……アタシから言わせるとそっちの隊長が真の隊長だ。あの男は戦う男だ。戦うために策を練る男だ。そして策の為にはどこまでも非情になれる男だ。そのことは……たぶんアンタ等二人には一生理解できねーだろーがな。アンタ等の前の隊長はあの男の顔の一部でしかない。そのことを知っているのはあの男と本気で戦ったことのあるアタシだけだ」
ランは春子が気を利かせて持って来た烏龍茶で喉を潤すとそう言った。
「でも新さんはそれをきっかけに傷ついちまった。最初はアンタと同じこと……無抵抗なゲリラや市民を殺して、地球圏の特殊部隊を皆殺しにして、そして時には逃げ出す自分の軍の兵士を処刑して壊れちまった。そして春子さんの所を出た後はアンタと戦って多くの部下をアンタに殺された。それでも今はアンタは新さんの傍にいる……アタシがいくら新さんに抱かれてもアンタと新さんの距離はアタシと新さんの距離より近い……悔しいけどそれは認めなきゃいけない事なんだ」
お蔦は悔しそうにそう言うと手酌で酒を飲み始めた。
「そーかね。アタシはこのなりだ。どーみても残念ながらお子様なんだ。だからあの『駄目人間』とはそう言う関係にはなれねーんだ。もし……うちの馬鹿連中がアタシの事を『魔法少女』だと陰口を叩いているが、アタシが本当に『魔法少女』だったらとっくの昔に大人の身体を手に入れてあの『駄目人間』とそう言う関係になってる。アタシもそんな力が有るんじゃないかと何度となく試してみたが法術はそんなに便利なもんじゃねーんだ。こればっかりは諦めるしかねーな。それもアタシに与えられた罰なのかもしれねーし」
ランは顔を赤らめながらそう言った。
「やっぱりクバルカ中佐も……新さんの事が好きなんですか」
しずかに春子がそう言うのにランは静かにうなずいた。




