第77話 『東和女郎』と『甲武女郎』
「さすがアタシと同じ男を好きになったって言う女の店だけあるね。良い店だよ。新さんが世話している将来あるあの若い子達が通う店だ。当然いい店に決まっているよ。そうでなきゃアタシの矜持に関わる。アンタも良い人だ。あの新さんを好きになるくらいなんだから。そこでアタシはアンタと新さんを共有したい。その申し出に来たのさ。いくら毎日何人となく客をとって来たアタシでも新さんは手に余るのさ。たぶんアタシ等二人でも手に余るかも。もう一人二人女が欲しいくらいだね」
女の態度はどう見ても二十歳に満たないように見えるその面影とは明らかに違和感があるように春子は感じていた。
「ああ、自己紹介がまだだったね。アタシはお蔦……昨日、名字が出来て清原蔦になった。甲武では結構売れてた太夫をしてたんだ……ああ、東和女郎……甲武じゃ東和の風俗嬢の事をそう言うんだけどね、アタシは甲武で最初は女郎から初めて花街に移って太夫になってその頂点に立った……昔はちょっとした有名人だったんだよ」
お蔦と名乗った女は遠慮することなくカウンターの席に座った。
「そう、甲武は売春は合法ですものね。そこで新さんがあなたを買ってた……まあ、あの人も甲武の最上級の貴族ですものね。甲武に居た時はこんなに金がないことは無かったっていつも零してますもの……ああ、ビールでも出しましょうか?」
春子は気を利かせてお蔦にそう言った。
「アタシはビールは嫌いでね。太夫はそんなハイカラなものを飲んじゃいけないよ。酒を……東和じゃ日本酒と呼ばないと酒が出てこないんだよね。暖かいのを一つ頼もうじゃないか」
お蔦はそう言って春子に笑って見せた。
「でも甲武からわざわざ東和まで……星間シャトルの料金だって安い物じゃないのに……それに甲武の娼婦は外出が許されないと私は聞いているんだけど」
春子は日本酒を熱燗用の徳利に注ぎながらそう尋ねた。
「なあに、それも昔の話さ。それに今のアタシは女郎じゃない。ただの自由な身の平民さ。まあそれも昨日までの話でここでラムを頼むので有名な西園寺様のおかげで公家貴族の侯爵になったらしい。それにアタシは見た目はこの姿だけどもう50だよ。新さんとは三つ上。アタシが新さんと出会った時が19でその時に胎に精を注がれてから年を取れなくなったと新さんの部下のかわいい看護師さんから昨日教わったよ。若く見られるのは女としてはうれしいけど、色々と面倒なことが多くてね」
とつとつと語るお蔦の言葉を聞きながら春子は熱燗の準備を進めた。
「そうなの……永遠に若いなんて羨ましいわね。何かお食べになる?もう、お店も閉めちゃったから乾き物しかないけど」
春子はそう言うと戸棚から干したイカを取り出した。
「なあに、それで十分だよ。アンタとはじっくり話をしたい。きのうアタシの中に新さんのものを感じながらあの人がアンタの事を話すのを聞いててそう思ってたんだ。だからこうしてここに来たわけなんだ……迷惑だったかな」
お蔦はうれしそうな顔をして熱燗の入った徳利を差し出す春子に向けてそう言った。
「そう、昨日新さんと寝たの……よく次の日普通に歩けるわね。私は無理。あの人に抱かれると次の日は身体が動かなくなる……あの人はそこのところちょっとおかしいわよ。あんな絶倫の男が実在するだなんて私も新さんに抱かれるまで思いもしなかったもの」
春子は猪口を2つ取り出すと1つをお蔦に、もう1つを自分で持ってそう言って笑った。