第75話 気分転換にならない飲み会が終わった後に
「春子さん。お代はこれで足りるかな?」
かえでとリンだけが満足した飲み会は明らかに飲む前より不機嫌になって店を足早に出て行くかなめ達の姿が消えることで終わった。
「かえでさん……多すぎますよ」
代金二万円の所を十万円を差し出すかえでに向けて春子はそう言った。
「いや、これで良いんだ。僕の心の中の今日のワインの価値はそのくらいあった。それに今日は僕の思いのたけを誠君にぶつけることが出来た。そんな貴重な時間と場所を提供してくれたのだからこれくらい安いものだよ。それに残りはお姉さまが飲み過ぎた時の分としてとっておいてくれたまえ」
そう言うとぼんやりとレジカウンターに立ち尽くす春子と誠を置いてかえでは店を出て行った。
「気前がいいと言うか……それより、小夏ちゃんは?」
取り残された誠は春子にそう尋ねた。
「実はね、小夏。高校受験の第一希望に受かったのよ。それで今日は友達とお祝いするんですって。あの子の友達って子分の男の子ばかりでしょ?変なことにならなければいいんだけど」
春子の言葉には喜びが浮かんでいた。
「それはよかったですね。どこの高校ですか?」
誠は店の手伝いばかりでほとんど勉強をしているところを見たことが無い小夏が何処の高校に受かったのかが気になって尋ねた。
「それがね、千要県立千要東高校。私はここら辺の地理には疎いけど……難しいんでしょ?」
春子は少し得意げに誠に向けてそう言った。
「千要東ですか!うちの大学、私大の単科大学としては最高峰って言われてますが結構千要県の人は千要東の出身者多かったですよ。しかもアイツ等『自分は落ちこぼれだから』とか言うんですよ!ひどくありません?僕は僕の高校では普通よりちょっと上くらいの成績でしたが千要東じゃ下位の生徒がうちの大学に来るんですよ。上位の連中はみんな国立大学に行くそうです」
誠はあの小夏が意外にも頭が良かったことに驚くと同時に、たった一人で『特殊な部隊』の無茶な注文に平気で答える小夏ならその程度の事は出来て当然という気になってきていた。
「あの子、渋山幕谷も受かったんだけど学費が高いからって……」
春子はポツリとそう言った。
「渋幕もですか?あんなとこも受かったんですか?あそこって東大の合格者数上位の常連じゃないですか!」
誠は小夏の自頭の良さに絶句すると同時に自分の社会常識ゼロ発言に小夏が白い目を向けていた理由をそこで初めて知った。
「それでなんだけど……そうするとうちのホールの担当者。誰もいなくなっちゃうじゃない?昼間はパートの人を雇ってるけど夜がうちの稼ぎ時だから……誰かいい人が居ないかしら?」
春子は小夏の自慢の嬉しさとパートのやりくりの難しさに難しい表情を浮かべて誠に向けてそう言った。
「うちの管理部に『白石さん』という人が居て、その人は凄く顔が広いですからその人になんとか頼んでみますよ!それにしても小夏ちゃんが千要東……まあ、千要県じゃ千要高校が一番の名門だけど、あそこの人はうちの大学なんて目にも留めないからな」
誠は腕組みをしながら店の縄暖簾をくぐった。
「神前!置いてくぞ!」
店の前で待っていたかなめが誠に怒鳴るようにそう言った。
「西園寺さん!待ってくださいよ!」
誠はそう言うとそのまま怒りに任せて大股で歩くかなめの後ろをついていった。




