第72話 二人っきり……のようで違う
「誠君……君とこうして同じ時を共有できることは僕にとっては無上の幸せなんだ。君にもそう感じてくれると嬉しいな」
月島屋のカウンターで誠に身体を密着させながらかえでは静かにお気に入りのワインを口に含んでいた。その巨大に過ぎる胸が誠の厚い胸板に当たる。その度に誠は背後の視線を感じてひやひやした。
「かえでさん……近いんですけど。それに胸が当たってます」
息がかかるほどの近さのかえでの中性的でいてまるで古代ローマ彫刻を思わせる整った顔つきを見ながら誠は冷や汗を流しつつ付き合いのワインを飲んでいた。
誠は常に背後から視線を浴びているのを感じていた。
まずはかえでを見守る副官のリン。その視線はいつも通り感情が死んだような視線で誠の特に気になるところでは無かった。
「かえでの奴……かえでの奴……アイツが妹じゃ無けりゃ……最強クラスの法術師でなけりゃ……射殺してやる……」
呪文のようにそう言いながらラムを口にするたびに殺意を籠った視線を誠達に浴びせて来るのがかなめだった。
「なんだか嫌な気分になるな……日野少佐の下心……あそこまで露骨なものは私も知らないぞ」
そんなカウラのいつもには無い嫉妬の感情のこもった言葉が誠の耳に刺さる。
「『協定』なんて無視するつもりね、かえでちゃんは。それにしてもあそこまで見せつけて来ると腹が立ってくるわね」
誠からわざと聞こえるようにアメリアはそう言った。
他にもアンの視線も時折振り返ると誠に向けて注がれているのが分かる。
誠は焼鳥の味がしなくなるのを感じながらとりあえずレバーを食べていた。
「こうして二人っきりで話し合えることで僕は君をより理解することが出来る。まあ、お母様から僕は君の事はおおよそ聞いているのだが、君から語ってくれた方が僕としてはうれしいんだ。それに君は僕の事を何も知らないような気がする……毎週送っている僕の『愛の動画』で僕の身体がいかに魅力的で男の欲情を煽り立てる理想的なものかは知っている。でも僕が知って欲しいのはそれよりも僕が何を考えているか……僕が何を目指しているのか……二人がどうするべきと考えているのか……君は何も知らないような気がするんだ。それを語り合う時間が欲しい。そして君の事を聞く時間も持ちたい。それが僕の今の望みだ」
かえではそう言ってその巨大に過ぎる胸を誠に押し付けてきた。
「かえでさん……胸が当たるんですけど……西園寺さん達も見てますし……」
度胸の無い誠に言えることはそれだけだった。
「胸のサイズについて知りたいのかい?120のMだ。少し大きすぎてね、困ったものだよ。剣を振るう時に邪魔になる。でも、君は大きい方が好きだと聞いているよ……君も動画で僕の胸はAV女優のそれのようにたるんだ大きいだけで垂れているものでは無くしっかりとしたおわん型の自慢のモノだということは君も僕の『愛の手紙』で知っているよね?そしていつでも君はこの胸に直接触る権利がある。そして僕の表情が歪むままで激しく揉みしだいて欲しい。なんと言っても君は僕の『許婚』なんだから。何なら今ここで……などと言うと女将さんに迷惑が掛かってしまうかな」
そう言うとかえではさらに顔を寄せて身を預けてきた。
誠は背後のかなめ達の刺すような視線を浴びながらひたすら照れ笑いを浮かべていた。