第71話 『駄目人間』にすべてをささげる男達
「それにしても……アンタ等なんだってそんなに新さんの事を……命をかけてまで……そんなに新さんはアンタたちにとっては大事な人なんだね」
そう言うお蔦の目には涙を浮かべていた。
彼等はそれぞれバラバラに逃げれば地球圏の追及を簡単に買わすことが出来るだろう。それでも彼等は連絡を取り合い、いまだに嵯峨の為に影となって働いている。
「あの人は俺達を人間に戻してくれた……あの好きでもない虐殺の罪を一身に担い、やりたくもない強姦も上には俺が話をすると言ってやめさせてくれた。その恩は一生かかっても返せないんだ」
芸術家風の男はそう言ってお蔦に笑いかけた。
「あの人が居なければ俺達は遼帝国で銃殺されてた。俺達の身代わりになってあの人一人がすべての罪を背負ったんだ」
作業服の男も静かに頷きながらそう言った。
「あの人の作戦指示に間違いはない。あんな有能な上司に俺は出会ったことが無い」
サラリーマン風の男の言葉には確信が込められていた。
「あんた等……そんなに新さんの事が……」
お蔦はこれほどまでにお蔦の知らないところで嵯峨の存在が大きいものになっていることに驚いていた。
「お蔦さん。アンタの写真を隊長が見せる時、あの時の隊長の顔だけが油断している時の顔だったんだ。それ以外の時はあの人は常に緊張した面持ちを浮かべていた。俺達はあの人が俺達の上官になるまで何をしていたかを知らねえ。興味もねえ。だが、俺達よりひどいことをさせられていた。上の連中はこの殿上貴族の青年将校に辛く当たり、こき使い、そして使い潰すつもりだったんだ。丁度俺達がそうであったように……そんな俺達に真の仲間意識が生まれるのは当然の話じゃないのか?」
楠木はそう言って笑いかけた。店に詰め掛けている嵯峨の元部下達はその言葉に大きくうなずいた。
「お蔦さん。アンタはそんな男の女になったんだよ……これからはあの人はアンタを大事にしてくれる。あの人の大事なものはアタシ等の大事な物なんだ。確かにアンタは不老不死だ。ただ、不老不死の力は万能じゃない。そのことはあの人が一番よく知っている。だからこれからもアンタの事はアタシ等が守る……隊長も身は一つだからね」
レイチェルはそう言ってお蔦に笑いかけた。
「守るのかい……守ってくれるのかい?こんな価値の無い……身体と見栄えと床の中のことしか取り柄の無いアタシをこんな強そうな兵隊さん達が守ってくれる……アタシにそんな価値はあるのかい?」
お蔦は泣きながらそうつぶやいた。
「隊長にはもう何も失ってもらいたくない。あの人はかみさんを失った。あの人は強がってあんなの居なくていいと言うが、そりゃあ間違いだ。強がりが見ていて痛々しいよ。だから俺達はアンタを守る。今の『特殊な部隊』の青二才共が普通の生活をしていて突然隊長に恨みを持つような人間に殺されるなんてことも防ぐ。まあ、連中も軍人だ。軍務で死ぬことだけは俺達の感知するところじゃないがね」
背広を着た男はそう言ってお蔦に笑いかけた。
お蔦は嵯峨が一人ではないことを知ってホッとした気分に包まれていた。
「レイチェルの姐御。昼間はお蔦さんと一緒に居て色々聞いたんだろ?聞かせてくれよ、俺達にもさ……それこそ色気のある話も含めて」
作業服の男が下卑た笑いを浮かべてそう言った。
うどん屋の夜はこうして過ぎていった。