第7話 始業時間も近付いて
「おい、西。もうそろそろ始業時間だけど……ひよこちゃんが来てないよな?あの人は弟の弁当を作ったりとか、病気のお母さんの世話とか大変だからな。お前の彼女なんだろ?少しは気を使って何か役に立つようなことをしてやればいいのに。お前は結構貯金と化してるから朝のお弁当が簡単に作れるような冷凍食品を一緒に買いに行ってあげるとか……気を遣えよな、まったく」
大野を見送った誠はまたゲームを始めた西に声をかけた。
「ああ、ひよこさんですか。あの人いつも遅刻して来るんですよ。確かに神前さんの言う通り弟のお弁当とかお母さんの病気の世話とか色々あって……隊長もその辺は分かってるんで大目に見てくれています。……ちなみに僕とのデートの時はきっちり時間を守ってくれますよ。それに最近は彼女の家に遊びに行くことも多いんでその時はお母さんの話し相手とかしてあげています。こう見えても僕も気を使っているんですよ。それに僕は気を使えるのが売りなんで、神前さんの思いつくようなことはもうしてます!それにそんなお買い物でお話しするのも楽しいですし」
ゲーム機から目を離さず誠になど意見される必要はないという調子でそう答える西に彼女いない歴=年齢の誠は怒りを覚えた。
「そうか、のろけごちそうさま。お前が気を使えるのは十分わかってるからそんな事だろうとは思ってた。それじゃあゲートを下ろすか」
誠はそう言うとゲートのスイッチを押した。黄色と黒のストライプのゲートが降りてこれで一応の当直の任務は終わったことになる。
「交代要員の人……早く来ないかな……二月も末だって言うのに寒くて……整備班の人も大変だな。ひたすら夜はこたつでじっとしてて出勤時間帯にはゲートの上げ下げ。面倒くさいったらありゃしない。まあ、今日はゲートの上げ下げをしてたのは僕だけで、西とアンはずっとゲームをしてたけどな」
誠は守衛室の窓枠に頬杖をついてぼんやりとたたずんでいた。
「神前さん。そんなに寒いんだったらこたつに入れば良いじゃないですか。それに一々車が通るたびにゲートの操作なんか誰もして無いですよ。神前さんが几帳面すぎるんです」
相変わらずゲーム機から目を離さずに西はさもそれが当然の様にそう言った。しかし、誠にはそう言う気分にはなれなかった。誠は意外と細かいことを気にするタイプだと自分でも思っていた。規則で車が通っていないときはゲートを下げると決まっている以上、意地でも下げないと気が済まない。そんな生真面目なところは誠自身も損な性格だと思ってはいた。
それに誠にはこたつに入りたくない別の理由があった。
西の正面に座っている『男の娘』アンが原因だった。
定時制中学に通う彼女と言うか彼は中学の帰りに必ず彼氏とラブホテルに通う淫蕩な美少年だった。
しかも、アンはその彼氏は初恋の青年士官にそっくりの誠の代わりだと公言している。
誠にはあいにくその趣味は無かった。
しかも、誠の『許婚』を自称している第二小隊小隊長の日野かえで少佐が彼女の性奴隷である副官の渡辺リン大尉に命じて夜中誠の部屋に侵入させて寝ている誠の股間のアレを3D写真に収め、その模型を作って隊員達に配っていることを誠は知っていた。
その模型はアンも持っていた。しかもかなりの頻度で愛用しているだけでなく、隊に持ち込んでトイレで使用しているという噂まで誠は耳にしていた。
アンに近づくことはそちらの誠からすれば禁じられた世界の扉に一歩近づくことになる。
誠にとってはそれだけは避けたいところだった。
「神前先輩。隣空いてますよ。そんな痩せ我慢して寒いところに立っていないで温まったらどうですか?何なら二人で温まりますか?」
ゲーム機から目を離して誠を見つめてきたアンの妖艶な笑みに誠は苦笑いを浮かべた。
「いいんだ。僕は寒いのが好きなんだよ。それにもうそろそろ梅も見ごろだ……太陽もこんなに照ってるから日向に居る方が健康的で好きなんだ」
誠はそう言い訳してなんとかアンから逃れようとした。
「そうですか……僕の国には梅の木は無いんで。一面広がるのは砂漠ばかりで……神前先輩。一緒に梅を見に行きませんか?そしてそのまま……」
アンは妖しい笑みを浮かべて誠を見つめてきた。
「全力でお断りします!それにお前には彼氏が居るんだろ?浮気じゃないのか?」
誠は自分の初デートの相手が男だったという事実になることは何とか避けようと妖艶な笑みで誠を誘うアンに全力の断りを入れた。
「神前先輩が相手なら僕は本気になれます。お願いします……僕を……」
とろけるような視線を送って来るアンを誠は完全に無視することに決めた。