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第69話 名を失った男達と花魁

 日が沈んだ頃、お蔦とレイチェルはうどん屋に戻った。


 白いのれんが風に揺れていて開店していることを示していた。


「それにしても店の名前も書いて無いんだねえ……なんて名前の店なんだい?アンタの亭主の店は。客商売は人気がなんぼ、名前を撃ってそれでこそ成り立つもんだよ。なんで名前を掲げないのかね?これじゃあやっていけないよ」


 お蔦は看板も出していない店構えに不審に思いながらレイチェルにそう尋ねた。


「名前かい?そんなものは無いよ。うちの店には名前が無い。まあ、店を借りる時に『讃岐うどんの店』と書いといたからそれが会えて名前と言えば名前かね」


 レイチェルはそんなことを言いながら暖簾をくぐり店にお蔦を誘った。


 お蔦は店の中が思い思いの格好をした男たちでいっぱいなことに驚いた。あれほどがら空きだった店は談笑する男達の殺気のようなもので満たされていた。


「千客万来じゃないのさ。これじゃあ昼にあんだけ客が居なくてもやっていけるわけだ」


 感心したようにお蔦はレイチェルにそう言った。


「なあに、あの人の部下達さ。この時間はこの人達の時間なんだ。この男達が持ち寄った情報を交換する店。それがこの店の本当の顔さ」


 レイチェルの言葉を理解できないままお蔦は店の奥に進んだ。


「もしかしたらお蔦さんですか?」


 一人の中年のサラリーマン風の男がそう言ってお蔦に話しかけてきた。お蔦は妙にがっしりとした上半身と鋭い目つきに圧倒された。


「そうだけど……アンタは?人の名前を知ってるんだったら名乗るのが礼儀ってもんだろ?」


 男の威圧感に圧倒されつつお蔦はそう言い返した。


「俺達に名前なんて無いですよ。普通の人間には名前があるが、俺達にはそんなものは必要ない。あんなものは俺達から言わせれば単なる『記号』ですよ。俺達は前の戦争で死んだことになってる。その時に生まれ落ちた時の名前は無くなった。だから俺達には名前が無い。隊長と副隊長は軍籍があったから偽名を名乗ることが出来たが、使い捨ての俺達にはそれすらなかった」


 笑顔で男はお蔦の想像もつかないことを口にした。


「名前が無い?それじゃあ生きていくのに困るんじゃないのかい?」


 お蔦は正直な感想を口にした。


 サラリーマン風の男に代わっていかにも土木作業から帰って来たばかりというような作業服の男がお蔦の前に立った。


「そんなものは必要に応じて偽名を名乗ればいい。書類も何もすべて偽物。全部隊長と副隊長が手配してくれる。名前が必要?そんなことは前の戦争で戦死扱いになる前の話ですよ。今の俺達には名前は必要ない……むしろあったら邪魔になるくらいだ」


 作業服の男の言葉に店中の男達は同意するように顔を見合わせて笑いあった。


「それは……新さんが前してた危ない仕事と関係があるのかい?」


 お蔦は理解不能な思考回路の男達に向けて恐る恐るそう尋ねた。


「そうさ。ただ、俺達を追ってる地球圏の連中は俺達に『記号』としての名前を付けて追っている。だからお互いに呼び合う時はその地球圏に敬意を表してそのありもしない男の名前で呼び合う。俺達はそんな存在なんですよ、お蔦さん」


 ひと際大柄の黒いジャケットを着た芸術家のようにも見える男はそう言ってお蔦に笑いかけた。


 お蔦はいかに嵯峨が異常な部隊を指揮してきたのかをその部下達を目の当たりにすることで初めて理解した。

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