第68話 微笑む『男装の麗人』
「かえでさん、よろしいですか?」
意を決したかなめは第二小隊小隊長の席で早速端末を起動し訓練データの整理を始めたかえでに声をかけた。
「なんだい、誠君。君が僕に話しかけてくれるなんて珍しいじゃないか。うれしいよ……こんなにうれしいことは無い」
振り向いたかえではそれほど表情を変えず口元がわずかにほほ笑んでいるという感じで誠を見つめた。
「今日、隊のみんなで飲みに行きたいと思うんですが、第二小隊の皆さんも一緒にどうでしょうか?ああ、アンには烏龍茶しか飲ませませんからその点は安心してください」
誠の言葉にかえでの表情は初めて喜びの色に満たされた。
「君から誘ってくれるのかい?僕は幸せ者だ!僕に断る理由なんてない。リン、ホテルの予約を……」
「心得ました」
かえではすっかり勘違いして副官の渡辺リン大尉にそう指示を出した。
「いえ!違います!普通の飲み会です!場所は月島屋!昨日はかえでさんは来なかったじゃないですか!だから今日は一緒に飲みたいと思って……」
誠はそのままベッドインまで狙っているかえでに慌てふためいた調子でそう言った。かえでは少し頬の笑みを収めて冷静な視線を誠に向けた。
「そうか、それは少し残念かな。でも嬉しいのは確かだ。君と時を同じくすることが出来る……『愛』を知らない遼州人である君に愛を語る機会を得たんだ。素敵な時を共に過ごせることを楽しみにしているよ」
かえではそう言って誠に冷静でいてどこか理知的な笑みを浮かべてきた。
「ええ、でも西園寺さんやカウラさん……それにたぶんアメリアさんもついてくると思いますけど……それでも良いんですか?」
誠は二人っきりで飲めると勘違いしているのかもしれないかえでにそう釘を刺した。
「それは仕方が無いだろう。僕も海軍に奉職するようになった時に虫の好かない男どもと一緒に酒席に招かれることがあった。それはもう退屈で……そのあと宿屋でその全員を相手にさせられるのだが、気持ちが良いのはいいんだが相手が虫唾の走る連中と考えると面倒でね。それに比べたらお姉さま達くらいなんと言うことは無い。それに……今日は僕の為に隣で飲んでくれると嬉しいな。あそこの焼鳥とあうのはイタリアの赤ワインだという発見をしたんだ。その発見を君と一緒に喜び合い、確認しあいたい……僕と二人で並んで飲むことを君が断るわけがないよね?」
かえではさもそうするのが当然と言うように誠に向けて笑いかけた。
「ええ、まあ……でも過度のボディータッチは止めてくださいね。僕も男なんで」
誠はかえでからランの一喝で最近無くなったかえでのセクハラが酒の勢いで復活することを恐れてそう言った。
「そんなことを気にしていたのかい?僕は君と『愛』について語り合いたいだけなんだ。気にすることは無い。終業時間が待ち遠しくなってくるよ。それじゃあ、僕はデータの整理に入るから。月島屋でまた会おう」
かえではそう言うと誠に背を向けデータの整理を再開した。
誠は重責をやり遂げた充実感とともに誠には理解不能な『愛』についてかえでがどんなことを語るのか気になっていた。