第63話 どこまでも鈍感な青年と気の回りすぎる父
「なんだよ、そんなことも気付かねえのか?だからオメエは何時まで経っても童貞なんだ」
かなめは馬鹿にするような口調でそのたれ目を誠に向けてきた。
「へ?僕が童貞なのと隊長が『駄目』なのとなんか関係が有るんですか?」
誠は純粋に疑問に思ってそうつぶやいた。かなめとカウラはここでも大きなため息をついた。
「あの『駄目人間』。自分は安城さんに気があるけどまったく相手にされていないように、自分が全く相手にしていない人物が自分に好意を持っていることを知ってるんだ。まったくひでえ話だぜ。確かに、娘以下。それも孫に近いような見た目の奴に好意を持たれても迷惑なだけだってのが叔父貴の言い分なんだが……」
かなめの言葉で誠はようやく昨日のランの珍しい無茶飲みの理由を理解した。
「でもクバルカ中佐……いつも隊長を『駄目人間』と呼んで馬鹿にしてますけど……本当なんですか?クバルカ中佐が隊長を好きだってこと」
誠は疑い半分に今度はカウラに尋ねてみた。
「クバルカ中佐は隊長に『自分は隊長のおかげで人間に戻れた。その恩はこの身体すべてで返す』と公言している。つまり……そう言う意味だ」
カウラはそこまで言うと静かにうつむいた。
「まあな。姐御の身体じゃ叔父貴の相手なんか務まらねえからな。たぶん一晩相手にしたら殺されるぞ。まあ、ランの姐御は不死人だから死なねえか。それで、気になって昨日のお蔦とか言う女郎の件で親父に連絡を入れて裏を取ってみたんだ」
かなめはそう言うとニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
「なんです?サイボーグで脳がネットに繋がってる自慢ですか?それとも一国の宰相にホットラインがつながっているという自慢ですか?」
誠は話をはぐらかされた怒りに駆られて冷たい調子でかなめにそう言った。
「まあ聞け。あの話は全部本当だ。親父は叔父貴の茜の母親との結婚に反対してた。叔父貴の死んだかみさん……甲武でも相当評判が悪かったんだわ。誰とでも寝る『悪女』だって有名だったんでね。親父としたらそんなのだったら花街一の花魁をかみさんに迎えた方がよっぽど叔父貴の為になるってお蔦を身請けして叔父貴が帰ってくるのを待ってたんだ。でもお蔦さんは親父の下を離れて自活してしまった。戻ってきた叔父貴もまるで人が変わったみたいにお袋のしごきに耐えて身体を鍛え直した後、東和に去った……親父としては完全にあてが外れた訳だ」
かなめはそう言って自分の父親であり一流の交渉術と先見の明のある外交官として活躍していた父親がすべての目算が外れて悔しがる様を想像して満面の笑みを浮かべた。