第60話 珍しい『二十世紀末日本』の街にも飽きて
それからもお蔦は店のあちこちで東和の豊かさを身にしみて感じていた。そして花街の太夫の身分が無ければとても同じ暮らしが出来るものでは無いと感じた甲武の西園寺御所の中の長屋暮らしやそこを出てからの小料理屋を営みながらの暮らしを思い出していた。
「お蔦さん、ちょっと店の中も飽きただろうから外に出ないかい。ちょっと肌寒い季節だけど風に吹かれるのもまた悪く無いものさ」
レイチェルはそう言うとお蔦をマルヨの外に連れ出した。
早春の日はやや傾きかけていた。お蔦には珍しく、レイチェルにはありふれた規格ものの建売住宅の並ぶ街並み。道路にはひっきりなしに自動車が行きかう。
「しかし、なんだってこんなに東和の街の家は同じ形をしているのかい?東和の大工の棟梁はおない家の立て方しか許されていないのかねえ……」
似たような屋根、似たように二階建てでベランダと車庫がある家の作りを見ながらお蔦はそんな言葉を口にした。
「そりゃあその方が効率がいいからさ。甲武じゃ効率よりも伝統だからね。遼帝国で安く仕入れた木材に高いもうけを乗せて甲武まで運んで大正風の日本家屋を立てる。そんな面倒なことをするより同じ規格で木造モルタルの建物を大量生産した方が効率がいい。それがこの東和の考え方……ああ、少し難しい話をしちまったかね」
レイチェルはそう言いながらどこまでも続く分譲住宅を飽きることなく眺めているお蔦に笑いかけた。
「それにしてもあれは何だい?街のあちこちに有るんだが……赤だの青だののいろで同じ形をした箱。それに窓ガラスの中には缶のジュースが並んでいる……あれは宣伝看板か何かかい?」
お蔦はジュースの自動販売機を指さしてそう言った。
「そうだよね。甲武にはこんなものは無いわよね。甲武はどこまでも大正期の日本を模した国……自動販売機なんて有るはずもないさ。あれは飲み物を買う機械さ。あれに硬貨を入れてボタンを押すと缶ジュースが出てくる。人が一々売るより便利だろ?」
レイチェルの言葉にお蔦は驚いた。
「飲み物を売るのに機械を使うのかい?信じられないねえ……そんなの人間が立って売れば良いじゃないのさ。人間なんてわんさといるんだ。機械なんかを使うよりよっぽどそちらの方が安く済むよ」
人間があふれて失業者の群れが街を負おう甲武の人間であるお蔦にはレイチェルの言うことが理解できないでいた。
「それじゃあ、レイチェルさん。これでお茶を買ってくれないかね?アタシは使い方が分からないんだ。少しくらいサービスしてくれたっていいんじゃないのかね……アタシはアンタの旦那の隊長の女なんだよ。少しくらい世話をしてくれても良いじゃないのさ」
そう言ってお蔦は手にした巾着から小銭入れを取り出した。