第6話 鏡大最強の四番と特攻隊
「甲武六大学の伝説のバッター兼キャッチャーなんて……明石中佐ってそんなに凄いバッターなんですか?確かにあの体格……パワーは有りそうですけど」
誠には明石は怖いどう見てもやくざにしか見えない大男と言うイメージと、草野球中にバックネットに突っ込んで大けがした間抜けと言う伝説しかイメージが無かった。
「あの人は前の戦争が無ければ甲武の最高学府『鏡都大学』初の職業野球選手になってたかもしれない人物なんだぜ?そんなことも知らなかったのかよ。甲武出身で野球好きな西園寺さんとあれだけ仲良くしてるのにそんな話題も出ないなんてお前は西園寺さんとどういう関係なんだ?西園寺さんは明石中佐が転属になるって決まった時隊長の事を大真面目な顔して銃で撃ちまくってたからな。まあ、全弾かわした隊長も凄いけど」
大野はまるで自分の事の様に情熱的に誠に話しかけてきた。
「西、お前も甲武国出身だったよな。そんな話聞いてる?」
誠は西に向けてそう語りかけた。
「ええ、甲武では男の子はみんな野球好きですから誰でも知ってる有名な話ですよ。鏡大は六大学野球では万年全敗の最下位が定位置なんですが、明石中佐が入った年には三位に入ってます。しかも春季、秋季ともに三冠王は明石中佐。新聞でも僕の見ていた時代でも鏡大で良いバッターが出ると『不動の四番明石の再来』と呼ばれるくらい伝説の人ですから。今でも職業野球から誘いが来てるとか来てないとか……明石中佐は『わしももう40に手の届く年やで。普通なら引退や』とか言って断ってるらしいですけど」
西の言葉に誠は耳を疑った。東和にも東都六大学野球と言うものがあるが、同じように東和の最高学府である東都大学は万年最下位だった。その加盟して要る六大学野球リーグは数ある大学リーグの最高峰とされていて、そこの三冠王は普通プロ野球のドラフト一位に指名されるのが当たり前だった。
「なんでそんな人が司法局なんかに……戦争か、やっぱり」
世事に疎い誠でも20年前の『第二次遼州大戦』のことが思い出された。
明石の年齢から考えれば恐らく学業途中に学徒出陣で出征したことは当然考えられる。以前も、明石が自分を卑下して『学徒兵上がり』と言っていたことが思い出された。
「あの戦争が明石中佐のプロ野球選手としての未来を閉ざしたのか。時代は残酷だな。でもそんなすごいバッターなら戦後にプロのチームのスカウトとかが手を出さなかったのか?あの人はパイロットだろ?歩兵だったら手りゅう弾の投げすぎで肩を壊すなんてことは考えられるけど、年中出撃に備えて訓練して体力を鍛えていたパイロットなら戦後にいくらでもプロから誘いくらいあっても良いのに」
前の戦争とは全く無縁だった東和共和国の国民である誠は不思議に思って西にそう尋ねた。
「明石中佐は特攻隊だったんですよ。大戦末期は常に人間魚雷に乗る訓練ばかりをしていたそうです。結局終戦まで出撃命令は出なかったから生きて戦争から帰って来たんですが……」
誠も甲武国の異常な戦闘隊である特攻隊の存在は知っていた。
甲武国は敗戦が誰の目にも明らかになると対艦魚雷にコックピットを付けた兵器を大量生産し、それに兵士を乗せて体当たり攻撃を行った。
ちょうどそれは第二次世界大戦で大日本帝国軍がやったそれにあまりに酷似していた。敗色濃厚になると精神論で何とかしようとするのは元日本人の甲武も同じなのかなと誠はその話を聞くたびに考えていた。
「毎日確実な死が待っている出撃命令を待つ日常に耐えられなくなった明石中佐の心はそれで壊れてしまったんです。明石中佐は戦争から帰ると実家の将軍家の墓所がある名刹として知られる寺にも帰らず行方不明になったそうです。戦時中は中断してた職業野球も再開することになって、即戦力のキャッチャーが欲しいということでどのチームのスカウトも相当探したらしいんですが見つからなかったそうです。日々、死と隣り合わせの生活で精神を壊してしまったんですね。明石中佐も当時の事は何も話してくれません。西園寺さんが銃で脅して聞き出したところによると鏡都を逃げるように出た明石中佐は、播州コロニーと言うところで闇屋の鉄砲玉としてやくざのまねごとみたいなことをしていたと僕は聞いています」
暗い調子で言う西の言葉に明石のあまりに過酷な人生が思われて誠の心は沈んだ。
「やくざの真似事か……だから今でも見た目がやくざなんだ」
戦争とは無縁な国である東和に産まれたことを喜びつつ、明石がどう見てもやくざにしか見えない理由が分かってホッとする誠だった。
「そんなだからな!明石中佐が四番でキャッチャーなんてことになったらうちの打線は『菱川重工豊川』以上のものになる!神前のフォークも投げ放題だ!期待してろよ!」
大野はそう言うとピックアップトラックを発進させた。
「投げられるんだ……フォークが……これで本来の僕の野球が出来る……」
誠はその思いで顔が自然とにやけて来るのを感じていた。