第59話 肉と魚
「なんだい、こりゃ?東和が豊かだとは聞いていたけどこれはちょっとまるで天国にでも来たみたいじゃないのさ」
食料品フロアには言った途端にお蔦はそう叫んでいた。その様子をレイチェルはうれしそうにつぶやく。
「そうかい、確かにねえ……アタシもゲルパルトから来た時は驚いたもんさね。この星は人が普通に暮らしていけるような環境がある。水もタダみたいなもの、当然空気もタダ。海に行けば魚が居る……海の無いゲルパルト出身のアタシには驚きだったね。ああ、肉はゲルパルトの方が充実してたね。特にソーセージは東和のそれはただの肉の塊だ。アタシにもこだわりが有ってね。加工肉だけはゲルパルトから取り寄せてる。ソーセージやウィンナーはやはりゲルパルトに限るよ」
サングラスを直しながらそう言うレイチェルを見るとお蔦はそのまま鮮魚コーナーに足を向けた。
日本髪の和服の若い女性が興奮した様子で鮮魚コーナーを目指す姿に違和感を感じている客達はお蔦に道を譲った。
そこには数々の鮮魚が並んでいた。その様にお蔦はため息をついた。
「レイチェルさんとやら……甲武にも海は有るのさ。硫酸の海……とても生き物の住めたもんじゃない。甲武の金持ち連中は魚が好きでね。この星からわざわざ高い金を払って取り寄せるんだ。アタシは太夫だったからその度に魚自体は食べたことは有るが……」
ため息をつきながらお蔦はそう言った。
「そんな冷凍ものの魚なんて食えたもんじゃないわね。甲武じゃ初物を珍重するらしいじゃないか。特に初ガツオ……甲武でも1匹数百円……東和の金に直すと数万円するらしいがここの東和じゃ庶民でも買える普通のものさ」
息をのむお蔦にレイチェルはそう言って笑った。
「じゃあ、肉も凄いんじゃないのかい?アタシは花街で太夫をしていた時はちゃんとした肉を食べていたが、西園寺様に身請けされて一人で小料理屋を始めた時には店で出していたのは人造肉ばかりだったけど……」
お蔦は今度は肉コーナーに向った。レイチェルはまるで子供の様に食料品コーナーを歩き回るお蔦をその保護者の様について回った。
「これが全部天然の肉かい?信じられないねえ……」
お蔦は牛、豚、鶏やその他人造肉ではない肉がこれほど多く冷蔵庫に並んでいる様を見たことが無かった。
「肉に着いちゃあ、ゲルパルトの方が充実してるよ。あの国は特に豚肉に拘る国だ。私としてはソーセージの種類が少ないのが不満なくらいなんだが……貴族ばかりに富が集中して平民の所得の低い甲武じゃそうなのかもしれないねえ」
レイチェルはそう言うと鶏肉のパックを手に取った。
「甲武じゃ肉屋はこんなもんじゃない。天然モノの肉はそれはもう厳重に包まれて顔を見るなんてのはアタシ等には無理な話だったんだ。花街に居た頃にはそんなことは知らなかったが西園寺様の御所の中の長屋で暮らし始めてからは天然の肉なんて口にしたことが無いよ……まったく……東和って国はどこまで豊かなんだろうねえ……」
お蔦はただ甲武と東和の貧富の差を思い自然と涙があふれて来るのを感じていた。