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第57話 『昭和・平成』の国の花魁

「じゃあ、行こうかね。まだ二月だ。今年は雪は降らないから足下の心配はないが、その履物だ。段差とかがあるから気を付けておくれよ」


 毛皮のコートに黒いストールを頭に巻き、大きなサングラスで顔を隠したレイチェルが店の奥から出てきたのを見てお蔦は驚いた。


「随分とハイカラななりになっちまって……ゲルパルトの映画女優が出てきたのかと思ったよ」


 着飾ったレイチェルを見てお蔦は本心からそう言った。


「別におしゃれのつもりでこんな格好をしてるんじゃないよ。これでも私が裏切ったゲルパルトの情報部には今でも追われる身でね。こうして顔を隠してないと不安でならないのさ……それじゃあ行くよ」


 そう言ってレイチェルは戸惑うお蔦の手を引いてうどん屋を後にした。


「レイチェルさんとやら……アンタもアンタの亭主と同じように追われる身なのかい?辛くはないかい?」


 お蔦は不安に駆られてそんなことを口にしていた。


「なあに、諜報関係なんて言う後ろ暗い仕事を元々していたんでね。覚悟して選んだ道だ、辛くなんかないよ。それに女の過去はあまり詮索しないもんだよ。アンタも自分の過去をあまり人には言わない方が良い。誤解を受けるだけだからね、この国では。この国は地球人の国と違って遼州人の国だ。色恋沙汰には特にうるさい国なんだ」


 そう言うとレイチェルは車通りの多い国道へと路地を歩いた。


 どの光景も甲武の大正風の風情溢れるような雰囲気ではなく、二十世紀末の日本を模した機能重視の建物ばかりでお蔦の目を好奇の色に染めるには十分なものだった。


「とりあえず……あれかい。その目立つ日本髪と和服をなんとかしようかね……こっから先に十分ほど歩くとマルヨと言う百貨店がある。そこで洋服を……」


 レイチェルのそんな言葉を聞くとお蔦は急に立ち止まった。


「どうしたんだい?洋服ぐらい来ておいた方がこの国じゃあ目立たないんだ。目立っていい事なんて何も無いよ」


 そう言ってレイチェルは柔らかい笑みを浮かべた。


「この髪は……女の髪は命だよ!それにこの髪はアタシがアタシである証だ。それに洋服なんてあんなチャラチャラしたものを着るなんて野暮なことをアタシにしろって言うのかい!いい加減におし!絶対嫌だね!ああ、死んでも嫌だ!この髪と着物は絶対に譲れないアタシの大事な一線なんだよ!」


 お蔦は怒りをあらわにさせてレイチェルに向けてそう啖呵を切った。


 レイチェルはお蔦の様子を見て諦めたように肩をすくめた。


「そうかい、まあそれも良いさね。好き好きって奴さ。東和にも芸者は居るからね。この豊川には居ないけど。変な目で見られるのは覚悟の上なんだろ?それもまた人の生き方さ。でもまあ、甲武の古風な百貨店より東和の百貨店の品ぞろえ……見てみたいとは思わないかい?」


 レイチェルはそう言ってお蔦の好奇心を刺激した。


「そりゃあ、この国の庶民とやらが何を買っているのか見てみたいことは無いでは無いけど……」


 お蔦はうつむきながらそう言った。


「じゃあ決まりだ。あと8分も歩けば見えてくる。まあ、チェーン店でそれなりの街に行けばどこでも見られる店なんだが、甲武生まれのアンタにゃたぶん楽しめる場所だとは思うんだがね」


 レイチェルはそう言ってお蔦の手を引いた。

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