第56話 それからの一風変わった貴族隊長の戦い
「俺達をゲリラを酷い方法で皆殺しにするだけの存在として見ていた地球圏や遼北人民解放軍や西モスレムイスラム解放戦線の連中の俺達への見方はそれを機に変わった。俺達はね、自分のやってることを自虐的にとらえて自分達の部隊を『特殊な部隊』と言って笑いあっていたんだが、連中は俺達の戦闘能力と隊長の先を読んだような指揮命令系統を見て恐れをなして俺達を狙った。連中にとっては弱さで知られる遼帝国の正規軍なんかよりも俺達のせん滅こそが最大の任務にすり替わっていったんだ」
楠木はそう言って話を続けた。
「連中は俺達を『屍者の兵団』と呼ぶようになった。俺達の多くは軍籍をはく奪された所謂『戦死者』扱いされてた連中なんだ。そんな死んだ連中が自分達の絶対不敗と思われた特殊浸透作戦部隊を次々と壊滅させていく……奴等にとっては恐怖だっただろうね。ただ、遼北が遼帝国との不可侵条約を破って南下を始めると俺達の任務は変わった……」
そこまで行ったところで店じまいの作業を終えたレイチェルが割烹着を脱いで楠木の肩を叩いた。
「アンタ。軍事の素人に何を話してるんだい?そんなことを言っても理解できるわけないじゃないのさ。とりあえず、隊長のおかげでアンタ等は人間に戻れた。そしてその隊長の洞察力と戦闘能力によって遼州最強の部隊と呼ばれるようになった。それだけ分かれば良いんじゃないのかい……これだから何年うどん屋の亭主を務めても軍人の血が抜けないのさ」
レイチェルは自分の夫をあざ笑うかのようにそう言った。
「そうだよ、俺の魂……いや、俺と隊長とその部下の魂はいまでもあの遼帝国の一見遅れた農村にしか見えない村が焼けていく様の中に居るんだ。その魂をこの東和に引き戻してくれるために、今も隊長は働いている……俺の後輩達、第三期『特殊な部隊』が活躍したと聞くたびに俺は罪の意識が一つ消えたような気がしてきている。連中には頑張ってもらいたいよ。それが先輩である俺から言えるたった一つの言葉だ」
楠木はそう言ってこれまでの真剣な表情を少し崩した。
「お蔦さん。アンタなら隊長をあの地獄から連れ戻せるかもしれない。俺もレイチェルのおかげで心の半分はあの思い出すのもうんざりする地獄から足を洗いつつある。だから……頼む。なんとかあの隊長を地獄から連れ戻してくれ。それだけが俺の願いだ」
楠木はそう言うと大きな体を折り曲げて頭を下げた。
「何言ってるんだい。あの人を支えてくれた恩人に頭を下げられるようなことはアタシには出来ないよ……アタシは所詮身体を売っていた女だ。そう言うことしかアタシには取り柄が無い。そんなアタシに……」
頭を下げて来る楠木に戸惑ったようにお蔦はそう言った。
「湿っぽい話はもうよそう。俺も昔の事は思い出したくもない。そうだ、レイチェル。お蔦さんにこの街を案内してやってくれ。東和じゃどこにでもあるような東都近郊のベッドタウン。個性の無いのが個性と言うような街。そんな街を見て回るのもまた一興と言うもんだ」
楠木はそう言うとレイチェルの顔を見上げた。
「そうだね。甲武と東和。あまりにも文化が違いすぎるからね。それに慣れるにも良いだろうさ。お蔦さん、行こうか」
レイチェルはそう言うと店の奥へと上着を取りに行った。
「何から何まで……本当にすまないねえ……でも頑張るよ。アンタたちを人間に戻したという男を最後に人間に戻すのがアタシの役割だ。その覚悟はしっかりできた。安心しておくれ」
お蔦はそう言って楠木に微笑みかけた。楠木はお蔦の色気にやられて顔を赤くして目を背けた。