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第55話 一風変わった青年憲兵隊長の訓示

「俺達もこれまでの俺達をけだものの様に扱う二人の若造にはうんざりしてた。今回の隊長は何日正気でいられるか賭けをしていたくらいなんだ。そこに急に呼び出しを掛ける。俺達は何事かと集まったんだ……そこで隊長はなんて言ったと思う?まあ想像もつかないのが普通だと思うがね」


 楠木はそう言いながらにやりと笑った。


「『おい、お前等『チンチロリン』くらいは知ってるだろ?とりあえず軍用タバコを出せ。それを賭けて俺と勝負しないか?』そう言って隊長はどんぶりとサイコロを取り出したんだ。俺達はこの隊長は俺達の任務を知っててすでにおかしくなっているんだと思ったね。俺達のやっているっことの噂はもうすでに上層部にも知れ渡っていた。上層部はそれを自分達の指示だったというのにあくまで俺達の暴走だと主張していた。そのことも隊長は全て知っていた。そんな隊長は俺達の気を紛らわせるためにそんな道化を演じて見せたんだ。まあ、そのサイコロには仕掛けがしてあって、どう考えても隊長が勝つようになってたって聞かされたのはだいぶ後になってからの話だがね。あの人は俺達の上を行く悪人だ。食えない御仁だよ」


 楠木の言葉にお蔦は不覚にも笑みをこぼしていた。


「隊長の日常からして変わっていた。それまでのまるで道具の様に俺達を扱う二人の前任者と年恰好は変わらないと言うのにまるで俺達よりひどいことをしてきた悪人だと言うようなことを愚痴りながら俺達の話の輪に入ってきた。そして、すぐにタバコを賭けてギャンブルになる。俺はどう見ても上流貴族にしか見えない所作のこの若造がなんでそんな俺達みたいな士族と平民の中間みたいな下々の事を知っているのか不思議に思いながらそれに付き合っていた。そして、最初の出動の機会が訪れた……」


 そう言う楠木の表情が笑いから緊張した面持ちに変わった。


「最初の出動の訓示で隊長はこういうんだ『男は殺していい。それは上層部の意向だから仕方がない。だが、女子供には手を出すな。一切手を出した奴は俺が斬り捨てる。村の奥の寺に閉じ込めて数日分の食料をくれてやれ。それが俺の方針だ。確かに上層部の意向には反しているがその責任をお前さん達が取る必要はない。責めは俺一人が追う。あと、捕虜とした殺す男は全員俺がこの刀で首をはねる。そうすればお前さん達の良心の呵責も少しは楽になる。それが隊長としての俺の務めだ』なんてね。俺達は呆然としてそんな隊長の演説を聞いていた」


 楠木は真剣な表情でお蔦に向けてそう言った。


「俺達はそれで悪鬼羅刹の所業から解放された。すべては隊長のおかげだ。この日、初めて俺達は人間の皮を被った鬼から人間に戻ることが出来た。でも、そのおかげで隊長が今度は鬼になった。なんでこんな人物に罪を覆いかぶせなきゃならないんだ。俺達はその日からあの戦争を憎むようになった。あの戦争を始めた連中をいつか皆殺しにしてやると……それからの俺達の強さはこれまでのそれとは違った……そして敵の種類も変わっていった。これまでは訓練されていないゲリラばかりだったが、そのころからは浸透作戦を仕掛けてきたアメリカ軍の特殊部隊を中心とした屈強な連中ばかりになった。相手が最強練度の浸透作戦のプロだとしてもそれでも俺達は負けなかった。アメリカの兵隊たちはそんな俺達を恐れて『屍者の兵団』と俺達を呼ぶようになったらしい。俺達は自分のやってる悪行を嗤って自分達では『特殊な部隊』と呼び合っていたんだが、連中にはそれでは自分がそんな間抜けに殺されるのが嫌だったんだろうな……隊長が居なければ……隊長が俺達を変えなければ……俺はあの戦いで死んでいた。その思いはたぶん俺の部下達もみな同じだと思う」


 楠木は落ち込んだような笑みを浮かべてそうつぶやいた。

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