第54話 ゲリラ狩りの狂気
「俺達は隊長には感謝している……まあ、アンタのきれいな顔の写真を見せてくれたこともあるが、他にも……」
楠木はそう言ってお蔦に向けて話し始めた。
「俺達の任務は敗戦も確定的になった『祖国同盟』の同盟国で自国の治安維持さえままならなくなった遼帝国の治安を維持することだった。その為にはいかなる手段をとっても許される……いや、非人道的で人間の顔をしていない恐怖に満ちたものである方がより効果的だと言うのが本国と遼帝国の意向だったんだ。敵とみなしたゲリラは全員殺した。それもまともな殺し方じゃない。上の連中もそんなことは望んでいなかったしな。より残酷に、生きてきたことを後悔するような殺し方で殺せと。そして二度と周りの同じようなことを考えている連中が歯向かわないようにその死体を徹底的に痛めつけて無残に晒せ。それが俺達の受けた命令だった」
悲しげな眼をして楠木は語り始めた。お蔦にはその言葉の半分も理解できなかったが、嵯峨に強制された任務が非道な物であったことだけは分かった。
「隊長の前の二人の隊長。どちらも世間知らずの若造だよ。そいつ等は上の言われるがままに任務を遂行した。それは実際に実行している俺達もこいつは馬鹿なんじゃないかと思うくらいに馬鹿正直にそのイカレタ命令を実行に移したんだ。ゲリラの村では一人残らず生きたまま捕らえて広場にそいつ等を並ばせた。まずは子供だ。そいつ等を両親の前で銃剣で串刺しにして殺す」
楠木が死んだ目をして語るその言葉にお蔦はつばを飲んだ。
「なんてことだい!そんなことは人のする事じゃないよ!アンタそれでも甲武の軍人かい?よくそんなこと恥ずかしげもなく言えたもんだね!」
お蔦は思わず叫んでいた。甲武はもっとまともな国だ。甲武に生まれ育ったお蔦はそう信じていた。
「そうかい?狂った戦場じゃあこんなことは当たり前なんだがね。次に狙うのは夫婦の妻の方だ。そいつを徹底的に夫の前で犯して回る、独身の娘はその両親の前で犯す。そして俺達の精が尽きたと思ったらこれも銃剣で一突きだ。そして最後に残った男達の首を落とす。そしてその死体を近くの村の広場に持って行って山と積み上げる。これが俺達のゲリラ狩り……そこまでやったと近隣の村に触れて回れば誰だって震え上がってイカレタ遼帝国に逆らおうなんて気にならないだろうってのが偉いさんの考えたことなんだ。でも違った。殺されることが分かっていてもゲリラたちはすぐに立ち上がった。それほど遼帝国の政治はおかしくなってたんだ。その度に俺達は出かけて行って皆殺しだ。それが当たり前の日常になっていた」
気が遠くなるような戦場の狂気。お蔦は目の前の楠木の顔が人間のそれには見えてこなかった。
「そんな人間のやる事じゃない作戦を指揮する若造の隊長はそんなことを命じて……結局その重責に耐えられなかったんだろうな。最初の隊長はある日突然拳銃で自分の頭を吹き飛ばした。当然の話だ。俺だって女を犯しながらそうしたい衝動に駆られてたんだ。二人目は完全に理性が飛んじまってまだゲリラが銃撃戦を始めたばっかりだと言うのにそこに日本刀一本持って突撃を掛けてハチの巣になって死んだ。あれは自殺だ。すべての戦争犯罪は若造の青年将校さんには背負うには重すぎたんだよ……そして、その自殺同然に死んでいった隊長の後任として同じような年恰好の『三好大蔵』と名乗る中佐が来た。それが今の隊長だ」
楠木はそう言ってようやく息をついて笑みを浮かべた。
「俺達もこいつもすぐ死ぬに違いないと思って最初は無視してた。そんな俺達を隊長は宿舎の中庭に集合させたんだ。それから先がいかにもあの人らしいところさ……」
そう言って楠木は遠くを見るような目をして天井を見上げた。