第53話 隊長の持ち歩く写真の女
「お蔦さん。アンタの写真を隊長はいつも持ち歩いていたんだ。その時はさもうれしそうな顔をして自慢気に俺達に見せびらかしてくる。自分にはかみさんが居るってのに、産まれたばかりの娘の写真は持っているというのにかみさんの写真は持って無いんだ。あの人はかみさんの事は悪くは言わないが、俺達が甲武に帰って隊長の死んだかみさんのうわさを聞いたが……ありゃあ酷い女だったらしい。隊長が出征すると産んだ娘の事は家政婦に任せて自分はひたすら男遊び。そりゃあ、隊長も写真を持ち歩かないわけだ」
店主はそう言って下品な笑みを浮かべた。お蔦は店主の言葉の意味が分からず呆然と黙り込んでいた。
「隊長は俺が結婚したのは事故だから俺はかみさんの写真はかみさんが義父を狙ったテロで死んだときにすべて焼いたと言ってた。隊長のかみさん……ずいぶんと酷い女だったって言うじゃないか。夫が出征したのをいいことに毎晩どころか昼も夜も男を連れ込んで淫蕩三昧。まあ、隊長が愛想をつかすのも当然の話だな。そんな事を知ってることから考えて隊長は甲武本国のあらゆる情報を知ることが出来る立場にあった人間だったんじゃないかというのが俺達の出した隊長の過去に関する結論だ。俺達の隊長になる前は諜報関係の仕事をしていたんじゃないかと俺は睨んでいるが……まあ、そんな野暮な話はやめるか」
店主はそう言って笑った。
「それよりアンタ。隊長の副官をしていたんだろ?名前ぐらい名乗ったらどうだい」
お蔦はより深く前の戦争での話を聞きたくなって、その時に嵯峨の副官をしていたという目の前の巨漢の男にそう言った。
「俺かい?俺は一応、楠木伸介と言う名前になってる。でも俺達の部隊じゃ名前なんて単なる記号さ。俺達の体調をしていた時も隊長は『三好大蔵』と言う偽名を使っていた。本国も遼帝国の連中も俺達が敗戦後戦争犯罪人として扱われることになるだろうと言うことを前提に作戦を命じていたんだ。そこで本名が出てくると後々色々と面倒なことになる。だから当時の俺達の部隊の隊員は全員偽名で呼び合っていた。本名を聞かないのが隊の中のルールだった。ただ、中級士族の出身だと自分では言う隊長の所作がどうにもそんな身分の連中に仕えてきた俺には違和感を感じたんだ。当時はまだ隊長も俺から言わせるとどこからどう見ても世間知らずの若造でね。一目で公家所作だと分かる動きを時々見せるのは俺の目には誤魔化せなかった。しかもその所作と教養の高さから相当高貴な身分の家の出だってすぐに分かった。だから、隊長が全責任を負うと言ってアメリカ軍に一人で降伏した時もそのあとすぐに隊長の身元を洗ってその出が西園寺家……そしてその三男として絶家になっていた嵯峨家を興した嵯峨惟基公だとすぐに分かったんだ」
まるで自分の慧眼を褒めてくれと言うように楠木は笑った。
「そうかい、そんな偽名で活動しなきゃならない使い捨ての部隊に新さんは……それであんな悲しい寝顔に……」
お蔦の頬を涙が伝った。
「お蔦さん。泣くんじゃないよ。隊長はアンタの写真を見せびらかす時はそれは良い笑顔で俺達にいつも『この世の最高の女の顔を見せてやる』と言って自慢していたもんだぜ……笑ってくれよ。そうしなきゃ俺が隊長に合わせる顔が無い」
楠木は慌てたようにそう言うと再び満面の笑みを浮かべた。