第52話 岡惚れした男の罪と女郎の覚悟
「そうかい、アタシが花街で一番の太夫になって浮かれている時に新さんはそんなことを……そんなひどいことをさせられてたのかい。それであんな苦しそうな顔を……アタシの覚悟は決まったよ。あの人の心の闇はアタシの身体で埋める。アタシにはそれくらいの事しかあの人にはしてやれそうにないね。他にとりえの一つも有れば……三味線も小唄も全部新さんに教わったんだ。そんなことじゃあ、新さんを慰められないことくらいアタシにも分かってるんだ……」
お蔦は言葉を失っていた。そして覚悟を決めた目をレイチェルに向けた。
「アタシには誇れるものはこの身体と男を喜ばせる技量しかない。それだけは誰にも負けないと自信を持ってる。そんなところしかない女でも誰よりも新さんを愛しているという自負はある。確かに新さんのあの顔を思い出すとあの顔はこれからも永遠に見続けることになるだろうけど……一時でも良い。その罪の意識を消せるんならアタシはあの人にそのすべてをささげる覚悟なんかできてるよ」
そう言い放つとお蔦は笑顔を浮かべた。その様子にレイチェルも笑顔を返した。
「そうかい、それならいいんだ。アンタはただの民間人だ。隊長みたいに罪の塊のような男と一緒に居るのを怖がるかと思ったが……その様子だとそんな心配もないようだね。それならいいんだ……おい!アンタ!恥ずかしがってないで出てきなさいな!アンタの生き方を変えてくれた大事な隊長さんの女だよ!しかも、それがアンタが言ってた『地上の弁天様』のお蔦さん本人なんだ!副隊長として挨拶位するのが当然の話じゃないのかい!」
遠慮も無く大声でレイチェルは店の奥に向けて叫んだ。そこからは先ほどの不愛想とうって変わった笑顔の表情の店主が現れた。
「そうだな。レイチェル、店を閉めろ。これからいい話をしようって言うんだ。無粋な客なんぞに邪魔されたら迷惑なだけの話だ。暖簾を片付けて鍵を閉めておけ!ついでに塩も撒け!変な地球鼠に聞かれると面倒だからな!」
でっぷりと太った店主はレイチェルにそう言うとその巨体をカウンター席の小さな椅子の上に乗せた。
「お蔦さん……アンタに会えるなんて思ってなかった。俺の部下には甲武でここ東和に向う人物の中に俺達の事を嗅ぎまわりそうな奴をが居たら俺に連絡するように言って有る奴が居るんだが……そいつがアンタが甲武を出て東和に向ったと聞いた時は耳を疑ったね……あの俺達の憧れのお蔦さんが東和に来る……そりゃあ心が躍ったのが本当のところだ。俺は外面が悪いっていつもレイチェルには言われるんだが、アンタがこの店に近づいているという部下からの報告を受けた時もそりゃあもう嬉しくって……」
店主の顔は笑顔に満ちて、先ほどの不愛想な男の雰囲気はかけらも無かった。
「なんで……アンタがアタシの事にそんなに詳しいんだい?あれかい……花街のビラでアタシが太夫の番付の筆頭になったことを知ってたからかい?」
お蔦は不思議そうな顔で店主の顔を見た。
「そん時は俺達は戦場に居た。お蔦さんが太夫の番付の筆頭になったのを知ったのはアンタが西園寺公に身請けされた後の話だ。でも、それ以前から俺達はアンタの事を知っていた」
店主はお蔦には理解できないことを口にした。