第51話 お蔦の知らない嵯峨の『罪』
「レイチェルさんとか言ったね……それにしてもあんたみたいな美人がなんであんな不愛想な男のいい人なんだい?隠しても無駄だよ……二人の雰囲気を見ればわかるんだ。アタシの過去も全部知ってるんだろ?アンタは。だったらそのくらい教えとくれよ」
お蔦はそう言ってレイチェルに笑いかけた。レイチェルはその顔に浮かんだ笑顔を崩すことなくお蔦を見つめていた。
「そんなことはどうだっていいじゃないのさ。それよりアンタ、知りたくないのかい?隊長……アンタに言わせれば新さんだったね。あの人が戦時中何をしていたのか……」
レイチェルは急に笑顔を真顔に変えてそう言った。
「アタシみたいな女に理解できる話だったらね。でも、新さんは終戦後、捕虜になって銃殺された。当然、悪いことをしていたに決まってるんだ。聞きたくないね、そんな話」
お蔦はその19にしか見えない容姿に似つかわしいひねくれた笑顔でレイチェルを見つめた。
「いや、聞いてもらうよ。隊長の女になろうってのに隊長のあの事を知らないなんてことは罪なんだよ。それにそれを知らなければ隊長の心の闇を理解できないし、本当の意味で隊長の女にはなれない」
レイチェルははっきりとした口調でそう言った。
「隊長は前の戦争でうちの人の部隊……甲武軍国家憲兵隊遼帝国派遣中隊の三代目の隊長だった。それまでの経歴はうちの人も知らない。隊長は人をはぐらかすことの名人だからねえ。ただ、そこで隊長とうちの人がやったことがきっかけで隊長は銃殺され、うちの人は地球圏の国から戦争犯罪人認定されて追われる身になった……その時やったことから隊長はまだ抜け出せないでいる……たぶん永久に抜け出せない……一生その罪を負って生きることになる……」
頭にかぶっていた三角巾を脱いで金色の頭の頂点に纏めた長い髪を整えながらレイチェルはそう言った。
「そうかい、だからなのかね。アタシがあの人の責めに耐えられなくなって気を失ってからしばらくたって一度だけ目を覚ました時。あの人は苦悶の表情を浮かべて寝付いていた。あの人を毎夜襲う悪夢はその罪……」
お蔦は嵯峨の苦しそうな寝顔を思い出しながらそう言った。
「そうだろうね。あの人は今も遼帝国での民間人虐殺、捕虜虐殺、政治犯虐殺の三つの罪を抱えきれずにいる。うちの人もそれを黙って見ているしかなかった自分を情けないとこぼすことがあるよ……隊長は部下に責任を負わせないためにすべて率先して人を殺した。そうすればうちの人達の罪が少しでも軽くなると考えたんだろうねえ……でも世の中そんなに甘くは無いよ。恐らくうちの人も、ここに通っているうちの人の部下だった連中も地球圏の連中に見つかれば即銃殺だ。そのくらいの罪を隊長とうちの人、そしてその部下達は重ねてきた……すべては甲武国本国と遼帝国首脳部の指示だったというのにね。しかもその指示を出した連中はいまでも罪に問われずに平気に幸せな日常を送っている……その事実に隊長もうちの人も死ぬまで苦しめられることになる。うちの人は良い。いずれ死ぬから。でも隊長は死ぬことすら許されない。未来永劫その罪を負って生き続ける。アンタも死なない身体になったらしいじゃないのさ。それじゃあ永遠にその罪を慰めてやる覚悟。それはあるのかい?」
レイチェルはお蔦の想像を超えた嵯峨の負っている罪の深さに呆然とした。