第50話 謎の店で戸惑う花魁
「そりゃあどうも……ってなんでアンタ等はそんなにアタシの事を知ってるんだい?昨日の新さんとのことを何から何まで知ってるようなことを言ってるね。アンタはさっきアタシの名前をズバリと言った。不思議な話じゃないのさ」
黙ってうどんを茹でる店主を見ながらお蔦は驚きに満ちた顔で隣の話の通じそうな『異人』の店員に話しかけた。
「なあに、アンタが入国した時からうちの人の部下がアンタを監視していたんだ。それと隊長には敵が多いからね。常に同じように護衛が数人付けてある。隊長の事だ。そんなお節介は要らないと断るだろうから隊長には黙ってやっていることなんだけど……勘のいいあの人の事だ。アンタのしている事なんて全部お見通しだろうけどね」
相変わらずの客商売らしい笑顔で『異人』の店員はそう言った。
「まあ隊長が気づいてないわけがねえ。あの人の勘は俺達の及ぶところじゃねえんだ。そうでなけりゃあ俺は遼帝国でとっくの昔に土に帰ってる」
そう言って店主はゆで上げたうどんにつゆを満たしてお蔦のトレーに乗せた。
「隊長?アンタ等何者なんだい?それにアタシが入国した時から監視していたって……アンタ等……」
お蔦はトレーを持ったまま立食カウンターにトレーを運んだ。
「そんな話はうどんを食ってからにしな。ここは本格的遼南うどんの店だ。味は保証する」
それだけ言うと店主は店の奥に消えた。
「うちの人はまだアンタを認めちゃいないね……アンタについていつもうちの人が語る時はあんな風に不愛想じゃ無いんだけどね。良い笑顔をして……まるでテレビの人気アイドルみたいにアンタを褒めるんだけどね」
『異人』の店員はそう言って愛想よくお蔦に笑いかけた。
お蔦はとりあえず言われるままにうどんに箸を伸ばした。
「旨いじゃないのかい!こんなに腰のあるうどんは甲武じゃ食べたことが無いよ!」
カツオと昆布の合わせだしに絡められたうどんを口に運ぶとお蔦は驚いたようにそうつぶやいた。
「でもなんでこんな旨い店がこんなに客が居ないんだい?不思議な話じゃないか……もっと繁盛していても良いような気がするんだけどねえ。確かに食い物の旨い東和だから当たり前なのかね。出てくるものは人造品ばかりの甲武とは違って食べるものがどれもおいしくて驚かされてばかりだよ」
お蔦はうどんの味に魅せられながらそう言って『異人』の店員を見上げた。
「うちは理由があって繁盛するわけにはいかないのさ。アタシは本国から……あの人は地球圏から追われる身さ。目立つことは出来るだけしたくないのが本当の所なんだけどね。でもそれじゃあ食べて行くことが出来ない。だからこうして店を出している。それに客なら今の時間はそれほどでもないが夜は結構来るんだよ……いつも同じ顔が」
『異人』の店員の言葉を聞きながらお蔦は旨いうどんを堪能して満足げに箸をおいた。
「そう言えば自己紹介がまだだったね。アタシの事はレイチェルと呼んどくれ。出身はゲルパルトさ。そう言えばこの顔と髪の色の理由も分かるだろ?日本語が上手いのはゲルパルトも日常会話は日本語だからね……と言ってもあの国でも普段はみんな日本語を話してるんだけどちょっと訛りが有ってね。それを訓練で徹底的に直されたからほとんど訛りなんかないだろ?本国の諜報部に籍があったから東和の情勢を探るために本国で徹底的にそれを矯正する訓練を受けたからさ。ここまでくればアタシ等夫婦が何者なのか……いや、アンタは隊長が前の大戦時に何をしていたのか知らないんだったね。それじゃあ分からなくても仕方が無いか」
レイチェルと名乗ったその『異人』はお蔦に向けて初めて含みの無い笑みを浮かべた。