第48話 異国をさまよう花魁
お蔦が嵯峨との激しい情事で意識を失って目覚めたのはちょうど嵯峨と誠達が馬鹿な雑談をしていたころだった。
風呂に入り、襦袢を着て昨日の嵯峨との激しい愛の交わりを思い出しながら旅館の仲居が出す遅いお膳に手を付けながら、お蔦はこれからの事を考えていた。
「そうさねえ、とりあえず新さんの街にでも行くかね。新さんの居る街……新さんの暮らしている街。あの甲武の鏡都とは一味違う良さが有るんだろうね。これからは一緒に暮らしていくんだ。下見ぐらいしても罰は当たらないよね」
食事を終えたお蔦はそう言うとタクシーを呼んで千要駅を目指した。
千要駅はモノレールと国鉄の駅が複雑に交差しお蔦を混乱させたが、なんとか豊川に向かう総部本線のホームにたどり着くとお蔦は自分の顔を好奇の目で見る東和の市民のことに気付いた。
『昨日は朝、かえで様の侍女とか言う女に髷を結い直してもらったからおかしなことは何もないと思うんだけどねえ……』
お蔦はその好奇な視線の原因が髷の歪みであると思い込んでいたが、この二十世紀末の日本を完全再現した東和では日本髪の女性自体が珍しいという事実には気付いていなかった。
そのまま四両編成の青地にクリーム色のラインの入った各駅停車に乗り込むとお蔦の心は踊ってきた。
『昨日はただ新さんに会うんだってそれだけで夢中だったけど……昨日新さんに抱かれて落ち着いてみると……ずいぶんとさびれた街だねえ……でもここには新さんが居る。そう思うだけで胸が熱くなるよ』
お蔦は車窓の外に広がる田んぼや建売住宅の同じような形の家を見ながらそんなことを考えていた。
三駅目の豊川の駅で降りたお蔦はそのまま改札を出るとそのまま北口の賑やかそうな方に足を向けた。
そこでも周りからは好奇の目がお蔦に向ってきた。
『アタシの事がそんなに珍しいのかい?東和は遼州人の国で遼州人は『法術』が使えるって言うじゃないのさ。きっと元地球人であるアタシの事も宇宙人だと思って警戒しているんだろうねえ』
お蔦はそんな頓珍漢なことを考えながらまだ弱弱しい初春の日差しの中、手にした和傘を日傘代わりにそのままアーケード街に足を向けた。
どの店も甲武の大正期を再現した店構えとは違うまるでお蔦の侵入を拒んでいるかのような洋風のガラスに覆われた姿にお蔦は戸惑っていた。
『甲武と東和。やっぱり歩く人の顔は同じように見えてもここはあくまで『異国』なんだね……これじゃあどうすればいいかまるで分らないじゃないのさ。地球圏からは『遅れてる』と馬鹿にされてる東和ですらこんななんだ。地球圏なんぞに出かけて言ったらどんなことになるんだろうねえ』
お蔦は心の中でそんなことを考えながら甲武ではまるで考えられない数の自動車が行きかう道や甲武では中心街でしか見ないような信号を珍しそうに眺めていた。
『それにしても小腹が空いてきたねえ……まあ、昨日あんだけ新さんに愛されたあとで朝食にあれっぽっちしか食べていないんだから当然の事か……』
お蔦はそんなことを考えながら食べ物屋を探して道を進んだ。そしてその先に甲武でも見慣れた白いのれん、昼時だと言うのに客の姿すらないうどん屋を一件見つけてそこに飛び込むようにして入っていった。