第46話 一途な思いとどうしようもない現実
「そう……3億円の女と今新さんはしているのね……」
ビールを飲みながら遠くを見るような目で春子はそう言った。
「ただ、あのお蔦。年の頃から考えて3億じゃ済まねえだろうな……それに親父のことだ。甲武一の貴族様が身請けするとなったら値切るような野暮な真似はしねえだろう。店が吹っかけてきたら言い値を出すだろうな……少なく見積もって10億……それに花代だなんだで20億ぐらいは使っていてもおかしくねえ」
かなめはいやらしい笑みを浮かべながら周りを見回した。
「20億の女ねえ……そりゃあ隊長が夢中になるわけだわ……でも、もうあれから6時間は経つわよ。さすがのあの性欲お化けも休んでるんじゃないの?」
アメリアは感慨深げにそう言うと夜メニューに切り替わって出てきたボンジリを口に運んだ。
「あら、たぶんそんなことは無いと思うわよ。新三は底なしだからぶっ続けで朝まで出来るわよ。抱かれたことのある私は知ってる……まあ、途中で何度も気を失ってその度に笑顔で語り掛けて来る新さんの顔を今でも思い出せるわ」
春子はそう言ってビールを飲みつつ悲し気に微笑んだ。
「やっぱり叔父貴の奴、女将さんにまで手を出してたのか!これじゃあ安城さんが見限るわけだ!あの色情狂が!」
かなめはそう言ってラムの入ったグラスをテーブルに叩きつけた。
「もう昔の話よ。そう、新さんが東和に来て3年目。私が悪いヒモに騙されていたところを救ってくれた頃……何度か私達はそう言う関係になった……でも、ある日突然新さんはこの東和から姿を消した。新さんの紹介で高級店に移った後にテレビで遼南内戦の有力軍閥の首領としてインタビューに答えている新さんを見て思ったわ……この人には平和は似合わない人なんだってね。あの人にはこの東和の平和な日常は退屈に過ぎるのよ……あの人は戦う人。私はただそれを待つ女……でも聞いた話では待った甲斐も無かったみたい」
春子はそう言って空いたグラスにビールを注いだ。その瞳には涙が浮かんでいた。
「戦う男ねえ……普段はオートレースと甲種焼酎と格安風俗で日常を満足しているようにしか見えないあの隊長にそんな一面があるとはねえ……確かに私も運航部の部長に就任するかどうか聞かれた際に渡された資料で隊長の過去は知ってるけど……その時は春子さんと同じことを思った。もっと好戦的で情熱に満ちた人物なんじゃないかとね。でも、違うじゃない……誠ちゃんは先入観無しに隊長を見ることになったから聞くけど初めて隊に来て隊長を見た時どう思った?戦う男に見えた?」
アメリアは急に誠に向き直るとそう尋ねてきた。
「あの人に戦いの匂いなんて感じませんでしたよ。まるで典型的な人間失格の『駄目人間』。人をおもちゃにして喜ぶ大人になり切れない子供。そんな感じにしか見えませんでしたよ」
誠は初対面の嵯峨に関する印象を正直に答えた。戦いと言うことなら有ってすぐにその発する迫力から畏怖を感じた幼女にしか見えないランの方がよっぽど『戦う女』という言葉がふさわしかった。
そんなランは相変わらず背中の毘沙門天の刺青を見せびらかしながら島田とサラを滾々と説教していた。
「確かに、アタシがこの部隊に配属になって叔父貴と再会した時は以前のギラギラしたところが消えていた。それを指摘すると『俺ももういい年だよ』とはぐらかされた。春子さん。叔父貴はもう『戦う男』じゃねえよ。『戦いを恐れない男』に変わったんだ。あんな甲武女郎なんかに叔父貴を取られて悔しくねえのかよ!今からでも叔父貴の所に乗り込んであの女郎から叔父貴を奪ってこいよ!」
かなめは強い口調で春子にそう言った。
「でも、もう遅いんでしょ?たぶんその20億の女に新さんは夢中……男の心なんてそんなものよ。私は新さんにとっては昔の女。私はそれでもいい、私も新さんはいい思い出に変えるわ」
春子はあくまで大人の女性として諭すようにかなめにそう言った。