第43話 そう言うわけで早退すると『駄目人間』は言った
そんな自分の立場の無さの中、まるでそれを気にしないように居住まいを正すと嵯峨はお蔦に向き直った。
「それにしてもお蔦さん。俺と一緒になるってことはこいつ等の母親になるって意味なんだぜ?この『特殊な部隊」の人格破綻者の心の支えになる存在。それが俺の妻になるには必要な覚悟だ」
嵯峨は急に引き締まった表情を浮かべて気障な調子でお蔦にそう言った。その様子があまりに型にはまっていたのでそれまでお蔦の手を握っていたひよこも引き気味に自分の席に戻っていった。
「そりゃあどういう意味なんだい?アタシは確かに清原とか言うお公家様に今さっきなったらしいけどそれと関係あるのかい?」
お蔦は嵯峨の真意が分からず戸惑いながらそう言った。
「俺はこいつ等……司法局実働部隊の隊長としてその隊員全員の命を預かってる。だが、俺も万能じゃない。俺を助けてくれる誰かが必要だ。そして不死人も不死人を殺せるような強力な法術師と戦えば死ぬ。俺もそうなるかもしれない。いや、『最弱の法術師』であって敵の多い俺にはその可能性は常にある。その時こいつ等の心の支えになってやれる女じゃないと俺の傍には居られない……正直、俺の最初の妻だったエリーゼはそんな女じゃ無かった。ただ、お蔦さんは違うと思う。アンタは色々人と接して人を見る目を付けてきた女だ。その資格は十分にある……だからその覚悟をしてほしい」
そう言う嵯峨の言葉は珍しく真剣だった。そんな嵯峨に見つめられたお蔦は恥じらうような戸惑うような顔をして誠達この部屋の『特殊な部隊』の面々を眺めた。
「アタシには兵隊さんやお巡りさんの理屈は分からないよ……でも人の心の支えになる。それは花街で太夫をしていた時からのアタシの矜持だ。そんなこと位で良いのならやってやってもいいよ……なんと言っても愛しの新さんの言葉なんだから……」
お蔦ははっきりとした口調で嵯峨にそう言った。
「そうかい、そりゃあ良かった……ところでリン。タクシーの手配位してるんだろうな?」
急にそれまでの真剣な表情から『駄目人間』の顔に戻った嵯峨はリンに声をかけた。
「当然です。まもなく到着の予定です。旅館の方もすぐにチェックインできるように手配してあります」
リンの手回しの良さに感心すると同時にこの場に居るかえで以外の人間はあきれ果てたような目で嵯峨を見つめた。
「おい、『駄目人間』。お天道様はまだ上ったばかりだ。それを今の時間から何をする気だ?アタシのような幼女にはとても言えない内容の事をしようとしてるな?言え……」
ランは汚いものを見るような目で嵯峨を見つめながらそう言った。
「そりゃあ、身体で分かり合うのがお蔦さんと俺との一番のコミュニケーション手段だもの。じゃあ、俺は早退するから。ラン、後の事はよろしく頼むわ。結局、俺は何も悪くなかった。俺は1つの素敵な感動の物語の主人公だった。そうここに居ない連中に伝えといてよ。じゃあ、お蔦さん。昼間っからってもの燃えるんじゃないのか?明日の朝までしっかり楽しもうじゃないの」
完全に『駄目人間』モードに突入した嵯峨は笑顔でお蔦の手を取った。
「新さんは花街の太夫とは無縁だと言ったねえ……花街の太夫があの時どんな声をあげるのか……楽しみにしていな」
お蔦はそう言うとそのまま立ち上がり会議室の扉に向った。
扉の前に群がる野次馬根性旺盛な男女の隊員達を押しのけて、嵯峨とお蔦は廊下を堂々と歩いて行った。