第41話 外堀を埋めるかなめとかえで
「あのー皆さん?アタシは新さんのいい人にはなりたいけど妻になりたいとは一言も言ってないんだけどね。アタシは所詮平民なんだ。しかも身体を売ってた女さ。そんなことくらいそこのお高く留まった方の新さんの娘さんに言われなくても分かってるんだよ。いくら甲武一の太夫と呼ばれた矜持が有っても公爵様のお后様なんてアタシには無理な話さ。どうせ新さんは手の届かない人。でも遠くでも良いから見つめていたい。それがアタシの今の願い。そんな願いを持っちゃいけないのかね?そんなに汚い女かね、アタシは」
お蔦はあまりに手際よく自分の運命を決めていくかえでの態度に引き気味にそうつぶやいた。
「僕は君が身体を売っていたことなど少しも気にしていないよ。僕はそう言うことには理解のある女なんだ。それと平民の身分が気になるのかい。まあ、僕の義母上になる方だ。相応の身分は必要かもしれないね。かなめお姉さま、なんとかならないかな?武家の身分なら僕はいくらでも、あの馬鹿な征夷大将軍に頭を下げる思いを何度もすると思うと虫唾が走るんだ。たしかに義父上の幸せを考えればそのくらいのことはしてあげてそうだな……大名クラスの上級武家貴族の家格ぐらいは手配できるが、それも面白くないね。どうせ武家が大きな顔をしている軍人になると言うわけじゃ無いんだからならあの馬鹿に頭を下げないで済む公家の家格の方が良いと思うんだ。公家となると管理をしているのは西園寺家だ。その当主であるお姉さまなら何でもない話だと思うのだけど」
かえではそう言ってかなめに目をやった。
「おい、そう言うのが得意なのはかえでだろ?リンの時みたいにうまくやれば良いじゃないか。リンだって当時は戸籍すら持たねえ人形扱いで最下級の女郎屋に居たのを中級士族の渡辺家の家名を継がせたんだから」
かなめは面倒くさそうに妹のかえでに向けて言った。
「あの時は軍人である僕の副官として武家の家名が必要だったからあの馬鹿な征夷大将軍の田安麗子に下げたくも無い頭を下げてその家名を譲ってもらったんだ。今、あの馬鹿な女の名前を言ったね……名前を聞くだけで嫌な気分になってくるよ。でも義母さまの場合は武家である必要はない。軍人なら武家であった方が色々便利だけどそんな必要は無いんだから。なら公家の家名を預かっている西園寺家の当主であるお姉さまに頼むのが一番だと僕は思うよ」
かえでは相当麗子の事を嫌っているらしく苦々しげな表情を浮かべたと、すぐにそれを切り替えて微笑みながらかなめを見つめた。
「そうか……ちょっと待てよ。ネットに接続して検索するわ……有った。有名どころで行くと菅原と清原が空いてる。菅原は伯爵家、清原は侯爵家だ。どちらもここ五十年以上前に跡継ぎが絶えて絶家になってる。お蔦、菅原蔦と清原蔦。どっちを名乗りたい?」
かなめは砕けた調子で目の前で自分には理解不能な最上級の貴族の会話を繰り広げる姉妹の様子を目を白黒させて見つめていた。
「菅原と清原ねえ……別に苗字なんて名乗ったことも無いから分からないよ。それに伯爵と侯爵って……どっちが偉いんだい?」
お蔦にはそう絞り出すようにして声を出すのが精いっぱいだった。
「まあ、アタシのお勧めは清原かな。じゃあ、そうしよう。四大公家筆頭の西園寺家当主のアタシが決めたことだ。誰にも文句は言わせねえ。お蔦。オメエは今日から清原蔦だ。分かったか?未来の関白の決めたことだ。誰にも文句は言わせねえ。早速、西園寺家の家人達に連絡を入れて手続き取らせとくわ。あんなのアタシが望めばどうにでもなる話だから。礼なんていらねえから気にすんなよ」
かなめは明らかに自分が良いことをしているという確信を込めて無理やりそう言った。お蔦もまたその強引なかなめのやり口にただ首を縦に動かす事しか出来なかった。
「おい、茜。オメエは東和の一市民だ。甲武に来れば一代大公の娘の平民。それがオメエの今の立場なんだ。その点お蔦は清原家当主清原蔦女侯爵様だ。つまり、オメエは甲武ではお蔦の言うことに逆らえないんだ。それにお蔦にも貴族年金は出る。いくらオメエが叔父貴の小遣いを絞り上げてももう無駄って訳だ……分かったか?」
かなめのその言葉に呆れてかえでとの会話を聞いていた茜は陥落したようにがっくりとうなだれた。