第40話 包囲される『出来た娘』
「おい、茜。もう覚悟を決めろや……オメエの叔父貴に対する経済ドメスティックバイオレンスには隊のみんなも迷惑してるんだ。叔父貴は金がなくなるとアタシや整備班の連中に涙ながらに金を借りに来る。あれ、ガスが停められただの、電気が停められただの、水道が停められただの言ってきて金をせびられるこっちの身にもなってみろ。あんなに毎月のようにライフラインが停められる家もあの貧乏アパートでは他に知らねえぞ。そしてその貸した金は絶対返ってこねえんだ。アタシが叔父貴にいくら金貸してると思う?オメエがびっくりするような額貸してるぞ。アタシは良いが整備班の貧乏人はそのうち叔父貴に金を返してもらえないことを理由に首でも括るんじゃねえかとアタシも心配してるんだ」
かなめもタバコを吸い続ける嵯峨を見るとタバコを取り出して火をつけてそう言った。
「かなめお姉さま……私に何を覚悟しろとおっしゃるのかしら?それにお父様が借金をしていらっしゃるなら私に相談してくださいな。お父様の給料をその返済に充てますので」
茜の声は怒りに震えていた。
「この部屋の総意は叔父貴が身を固めることで決まってるんだ。叔父貴の月給とボーナス。アタシもたまに自分の給与明細を見るから相当な額なのは間違いねえんだ。それに甲武国の一代公爵の年金。これもまたそれなりの額だ。オメエは『お父様の老後の為』と言ってため込んでいるが、同盟機構は不死人の定年を廃止した。だから叔父貴には老後は来ねえんだ。そんなに金をため込んで何をするつもりだ?人の金で投資信託をして何が楽しい?叔父貴……じゃ無駄遣いするのは間違いねえからお蔦さんにその金くれてやれよ。それなら文句はねえだろ?財布を握ってるのはお蔦。お蔦は叔父貴には無駄金を与えない。これが譲歩できる最低限の条件だ」
かなめはそう言って嵯峨を見つめた。嵯峨は我が意を得たりと言うように大きくうなずいていた。
「そうだね。義理とは言え娘である僕もそれが当然のことだと言うよ。まあ、それでも茜お姉さまが義父上の給料を搾取し続けると言うのなら僕のポケットマネーで二人の愛の巣を確保することをここに宣言しても良い……リン、それに適した物件の手配は出来たかな?」
笑顔のかえではそう言って気の利く副官であるリンに目をやった。
「はい、ちょうどいい物件がありました。なんでもこの前不渡りを出して倒産した中堅部品メーカーの社長宅が今競売にかかっています。それを落とせばかえで様の義父上の邸宅としては最適な条件の屋敷が押さえられます」
リンは携帯端末を見つめながらそう言った。
「それは重畳。僕は甲武国四公爵の末席嵯峨家の当主なんだ。義父上の時代はいざ知らず、今の当主は僕だ。だから義父上にはそれなりの住まいと暮らしを提供する義務がある。なんでも今は義父上は三食期限切れのカップ麺しか食べていないと言うじゃないか。そんな、あの忌々しい菰田を下回る生活環境に義父上を置いておくことを僕は許すことが出来ない」
かなめは真剣な表情で茜に対する交渉を開始した。
「それはお父様が無駄遣いばかりするからです!自業自得です!それに私は自分より年下にしか見えない女郎を母と呼びたくは有りませんわ!」
それでもあかねは激しく抵抗した。
「私には嵯峨警部の発言は職業差別を含む感情論にしか聞こえないのだが。隊長が身を固めて風俗通いをやめれば変な病気を隊に持ち込む機会は減る。実際、隊でインフルエンザやベルルカン風邪が流行する原因は隊長が風俗街でそんな病気を貰って来るからだ。その点から考えてもその危険性を少しでも避けるために隊長はお蔦と結婚して風俗街から足を洗うべきだ。嵯峨警部。貴様が管理していた金をお蔦が管理することになるだけの話だ。別に難しい話では無いだろう」
冷静に情勢を分析していたカウラの言葉に茜はがっくりとうなだれた。