第36話 それぞれの戦後
「そうして戦争が終わった。義兄の奴が強引に止めちまったんだ。ただ、俺は戦時中の行いが原因でアメリカ軍に捕らえられ銃殺された……まあ、俺は不死人だから銃殺されたくらいじゃ死なないんだけどね」
嵯峨は皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「そうだね。アタシは新さんが銃殺されたと聞いて首を括ったんだ。でも、長屋の連中に見つかって死んでるところをそのまま葬式の準備をしている間に息を吹き返しちまった。それで分かったんだ……アタシは普通の人間じゃなくなってる……それも新さんのおかげだったんだね」
お蔦の言葉に哀しみの色が浮かんだ。
「そうだ、すべては俺のせいだ。俺は三年後、アメリカ陸軍の捕らえられていた法術師の実験設備を俺に残された数少ない法術を発動して吹き飛ばして脱出した。ちょっと連中の研究の理由に頭に来ることが有ったんでね。俺が犯した罪を考えればその地で朽ち果てて言っても仕方ないかと思っていたが、連中は俺が考えるよりあくどい人間でそれが俺には許せなかった。まあ、俺の事が心配で迎えに来てたかつての部下だった連中のおかげで面倒な手続きもせずに裏ルートを使ってそのまま地球圏を脱出して甲武に舞い戻ったんだがね。そうでも無きゃあの国が俺みたいな都合のいい実験材料を簡単に手放すわけがない」
嵯峨は再びタバコに手を伸ばした。
「じゃあなんで西園寺御所の食客達が住んでる長屋に寄らなかったのさ!アタシはそこで新さんが来るのを首を長くして待ってたんだよ!新さんが生きているって知った時、必ず御所に舞い戻るに違いないって長屋からあの御成門まで通ってたアタシの気持ちをどうしてくれるんだよ!」
激しい口調でお蔦はそう言った。その真剣な瞳を一瞥した後、嵯峨は遠くを見るような視線をランに向けた。
「俺には目的があった。すべてに優先する目的だった。ランよ……お前さんを倒すこと。それが当時の俺の目的だった。お前さんがいつも言ってるお前さんを利用して権力を握り、独裁者となったガルシア・ゴンザレス大統領。その支配する首都は群雄割拠する乱れた元遼帝国である『遼南共和国』。そして、その権力の源である『真紅の粛清者』クバルカ・ラン。これを打倒しなければ俺の生まれた国は取り戻せない。俺はそのための準備の為にとりあえず足場を固めようと茜を連れて東和を目指した」
嵯峨は相変わらずのとぼけた視線の先のランに笑いかけた。ランはその視線を受けてどう見ても8歳女児の姿からは想像できない鋭い眼光を嵯峨に向けた。
「おい、隊長。大きく出たじゃねーか。アタシを倒す?『最弱の法術師』であるアンタが?そんなの無理な話じゃねーか?」
ランは自信ありげにそう言い放った。
「そうだ。無理な話なんだ。ただ、勝てはしないが時間を稼ぐくらいの強さを身につける必要があった。それで俺は西園寺別邸を訪ねたんだ」
嵯峨はランのすごむような視線を避けてかえでに目をやった。
「お母様の所ですね。そこで不死人にしかできないような修業を続けた……聞いてますよ。あの時の義父上は狂気の領域に入っていたと……これ以上強くなる要素なんて何もないのに必死に強さを求めていた狼みたいな風貌だったと常々お母様はおっしゃってましたから」
かえでは相変わらず余裕のある表情でそうつぶやいた。
「そうかい、じゃああのアタシの選択も正しかったのかもしれないね。それで新さんはあのこの世の地獄と呼ばれた『遼南共和国』を倒したんだろ?それなら20年ぐらいの年なんて待ってあげるよ。結局新さんに会えなかったアタシはそのまま御所を出て田川宿に舞い戻って小さな店を始めたんだ」
お蔦はそう言って静かに天井を見上げた。