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第34話 相模屋なき後のお蔦

「でもお蔦さん……相模屋が無くなった後どうしたんだい?まだ熟れ頃の23だ。年季が明けるにはかなり間があったはずだが……」


 嵯峨はお蔦に向けてそう語りかけた。


「だから言ったじゃないのさ。アタシは花街の藤の屋に売られたのさ。そこで花魁になり、格子から始めて三月で太夫になった。それもあれだね……三味線とか小唄や都都逸。どれも新さんから教わったんだ。アタシを呼べば最高の女を抱けるだけじゃなくて芸者をわざわざ呼ぶ必要も無い……そりゃあ重宝もされるわね。それにさすが花街の大店だけあった。出す料理も戦時中だというのに東和から取り寄せた一流のものばかりが出る。客も武骨で雑な軍人なんか一人も来ないで遊び慣れたあるお方のお知り合いばかり。それは良い思いをしたよ」


 お蔦は得意げに一同を見回した。


「まあ、叔父貴は効いた話じゃお袋にしごかれてる間以外は居候の芸人達に色々芸を習ってたらしいからな。そんぐらいの事出来て当然か」


 かなめは納得したようにそう言って嵯峨を見つめた。


「そうかい、太夫かい……俺は太夫を抱いたことはねえな。いや、お蔦さんを抱いたってことは俺は太夫格の女を抱いてたってことか。そりゃあ鼻が高い」


 嵯峨はそう言って遠くを見るような視線を天井に向けながらタバコをふかした。


「そうだよ、しかもアタシを買うのはみんな嵯峨さんの知ってるあるお方の関係者の上客ばかり……おかげで花魁の中でもアタシは一番の花魁と花街でも称されるようになった。ただ、毎日憲兵隊が店に来るようになった。あのお方は当局に目を付けられている。昨日の客も売国奴だ。憲兵の連中は毎日のようにそう言って店の前でそうすごんで去っていくんだ。アタシは嫌いだよ、憲兵は」


 得意げにお蔦は嵯峨に向けてそう言い放った。


「俺も一応そのお蔦さんが嫌いな憲兵なんだけどね。義兄貴か……俺の悪事は全部義父に筒抜けだったからな。当時は義兄貴は戦争に反対して外務省を出仕停止になって謹慎してたんだっけ……あのお人好しぶりにも困ったもんだ」


 嵯峨は困ったような表情で嵯峨の義兄、現甲武国宰相西園寺義基の柔和な顔を思い出し、その娘であるかなめとかえでの方に目をやった。


「なんだよ叔父貴。結局は叔父貴は爺さんと親父の手の上で遊んでただけじゃねえか。随分と偉そうなこと言ってた割にはあっけない落ちじゃねえか」


 かなめは軽蔑したように嵯峨に向けてそう言った。


「俺も餓鬼だったってことさ。当時は俺はエリーゼに夢中になってた。この浮気女をなんとか俺一人に引き留めようと必死だった。でも……あの女を独占することなんて無茶な話だったんだな……」


 そう言って嵯峨は嵯峨とエリーゼの娘である茜を見つめた。


「なんですの?その目は。私はお母様とは違います!お父様!お母様を侮辱するのは止めてください!」


 必死になって抵抗する茜にはすでに疲労の色が見えているのが誠にも分かった。


「違うにしても限度ってもんがあるだろうが。お前さんの潔癖症は甲武だったら病気扱いされるぞ。甲武じゃ25過ぎた女が独身でいるのは異常なことなんだ。ああ、かなめとかえでのことな。こいつ等異常者認定されてるから大丈夫。それでもこの二人に言い寄る馬鹿が居る……どうせ四大公家の権威と荘園が欲しい欲の皮の突っ張った野郎ばかりだがな。神前、頼むからどっちか貰ってやってくれないかな?ああ、神前はかえでの『許婚』だった。もうかえでは売約済みか。それなら安心だ」


 嵯峨はそう言ってため息をついた。そして異常者扱いされた割に平然としているかなめとかえでを見てまた再び大きなため息をついた。

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