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第33話 『青葉の筆』

「でも……あの四人で今まで生き残ってるのは俺と忠さんだけなんだよな。一学はあの戦争で、貞やんは『官派の乱』で死んだ。どっちも死ぬべきじゃなかった。良い奴ほど長生きしないもんだ。生き残ったのは誰からも嫌われることで知られている俺と、お人好しだけが取り柄の忠さんだけ。でも死んじまったものはどうしようもないね。それが俺達の生まれた時代。それを受け入れろというのがこの世の中という物らしいや」


 嵯峨は遠くを見るような視線で一同を見渡した。誠はその言葉に戦争のある国甲武の若者の厳しい現実を知った。


「まずは一学さんね。あの人は本当に『青葉の筆』に描かれた……あの元歌の『青葉の笛』の公達、平敦盛みたいな童顔のきりっとしたいい男でねえ……」


 お蔦の言葉はこれまでの歓喜に満ちたものでは無かった。


「『冥王星の戦敗れ討たれし甲武の公達哀れ』か。俺も甲武に戻った時に聞いたよ。『第二次遼州戦争』末期の最大の戦いである冥王星基地攻防戦。冥王星基地は甲武軍の所属する『祖国同盟』にとっては地球攻略の最後の拠点だった。冥王星の基地を甲武が失えば『祖国同盟』は地球侵攻への足掛かりを失う。それに対し、地球に降り注ぐ核ミサイルを阻止するためには地球の軍隊としてはどうしても冥王星基地を奪還する必要があった。俺は参加していないけどそれは大規模な作戦だったと記録には有るのは知ってるよ」


 嵯峨の表情は時折彼が見せる戦略家としての顔に変わっていた。


「ただ、物量に勝る地球軍と、遼州圏で物量戦による大反撃を開始した外惑星連邦、遼北人民解放軍への対策として主力艦隊をそちらに派遣していたからわずかな残存兵力しか持たない甲武軍にはどう見ても勝ち目は無かった。それどころか基地を放棄して撤退すること自体が無理。初めから玉砕覚悟の作戦だったんだ」


 嵯峨はその視線をランに向けた。それまで押し黙って色話を話半分で聞いていたランも戦争の話となると顔色を変えていた。


「知ってるよ、アタシも。その突破口を開いたのが斎藤一学に率いられた濃州戦闘隊。斎藤一学大尉機の水色の九七式特機を先頭に一糸乱れぬ攻撃を仕掛けて絶対に崩れることは無いと思われていた地球軍の包囲網を甲武軍は突破し遼州圏への帰還を果たした。誰もが玉砕すると信じていた冥王星基地の守備隊がほぼ無傷で遼州圏に帰還することになったんだ。おかげで甲武は遼州圏内での本土防空戦に戦力を温存することが出来た。そして西園寺の親父さんが結んだ終戦協定もその戦力が無ければ恐らくは有り得なかった話だとアタシは見てる」


 ランはそう言って厳しい顔で一同を見回した。


「味方の大多数の脱出を確認すると斎藤一学はその場に戻り殿を務めた。地球軍は全戦力でたった一機の『紙装甲』と揶揄された貧弱な装甲しか持たない九七式相手に苦戦しながら大量の犠牲者をだしてこれを仕留めた。オメー等。オメー等も知ってる甲武の先代の主力シュツルム・パンツァーである『火龍』はこの九七式をベースに改造された機体だ。だから『火龍』は装甲が薄い。その分機動性と運動性が高いからそれを念頭に今後の作戦を行え……隊長はアタシにそう言わせたかったんだろ?」


 半分義務的な口調でランはそう言った。


「そう言うこと。その時死を覚悟した一学がお美代さんに形見に残した筆が『青葉』だ。アイツの遺作となった『地球連作』の絵とともに一学はその時愛用した筆を部下に託して戦場に散った。そう言えば、お蔦さん知ってるかい?一学が死んでからお美代さんがどうしたか……俺は事情が有って終戦後三年間は甲武に帰れなかったから……俺も一学が死んだのは知ってたから色々手を尽くしてお美代さんを探したんだ。二人をくっつけた男としての責任もあるからな」


 嵯峨は思い出したようにお蔦にそう尋ねた。


「お美代さんは一学さんが死んで49日の法要が済むと、相模屋を出たという話はアタシも聞いてるんだが……どうしたんだろうねえ……ただ、噂じゃあその筆を持って一学さんの墓のある濃州コロニーに行って尼になったという話だよ……それもあくまで噂だけどね。ただ、一学さんの死を知って泣き崩れるお美代さんを相模屋の元楼主はとても見てられなかったと言ってたよ。そしてそれなりのお金を持って出て行くお美代さんを奴は止められなかった。食べるものも食べられなくなってやせ細っていくお美代さんはそれこそ見ていられなかったらしい。そして覚悟を決めたかのように元相模屋のサロンを出ると言い出してそれっきり……今頃どうしているんだろうねえ」


 お蔦は静かな口調でそう言って涙した。

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