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第30話 お美代・一学の恋物語

「でも、あんなにアタシ等女郎を嫌ってた一学さんがあそこであんなに変わっちまうとはアタシも思わなかったよ。おかげであの店が女郎屋でなくなっちまうきっかけになるほどの大恋愛をするなんて……アタシは今でも信じられないよ」


 お蔦は遠い目をしてそうつぶやいた。


「お美代さんの話かい?まあな、あれは……あまりに悲しい話さ。あの戦争で一学は俺達四人の中で一番死ぬべきじゃない人間だったんだ。アイツは戦争から帰ったら軍も武家貴族の荘官の地位も捨てて日本画家として生きていくと語っていた。そしてその際にはお美代さんを身請けして妻に迎えると笑顔で言ってた。アイツもコロニー一つの領主として岡場所の女郎を妻に迎えるなんて言ったら家臣になんて言われるか……軍を辞めて日本画家一本で生きていくなんて言ったらどんな顔されるか分かってたはずだ。でもアイツの覚悟は硬かった。アレが本当の純愛と言う奴なのかな」


 嵯峨はそう言うと静かにうつむいた。


「お美代、一学の恋の物語ですね……女郎と軍学校の学生の結ばれることのない恋の物語……私も男達に犯されながらあんな恋がこの世に有るのかと信じられない思いでいました。あまりにも悲しい物語です。今でも思い出すだけで涙があふれてきます」


 最下級の女郎だった過去を持つ第二小隊二番機担当の渡辺リン大尉は涙目でそうつぶやいた。


「ああ、世間で伝わってる話にはかなりの脚色がある。より、お美代さんは虐げられてた方が話として面白いし、一学が完璧な美少年と言うことにしといた方が芝居にした時に絵になる。でも現実はもう少しマシだったいい話になるんだよ。時に芝居にもなったこの話だが、確かにお美代さんを一目見た時から一学の目が変わったのは俺にも分かった。中でも義理堅い事だけが取り柄の貞やんはもう……『一学、俺に任せろ』っていきまいちゃってね。店一番で確実に毎晩好きでもない客を取らされるお美代と一学の心が通じ合ってることが分かるとあの義理の男は見ていられなかったんだ」


 嵯峨は苦笑いを浮かべながら話を続けた。


「家宝の伊賀政宗を持ち出して楼主に『お美代を身請けするからこれを置いていく』とか言うんだ。いくら親友だからってそれが親にバレたら切腹もんだ。それに平民の楼主に刀なんて価値が分かる訳が無いじゃないの。楼主から笑われてそれで終了。アイツは楼主に食って掛かってなんならここで切腹してやるとか暴れるんだ。俺がなんとかとりなして事なきを得たが、義理堅い貞やんなら本当にやりかねない。あん時ばかりは肝を冷やしたよ」


 嵯峨は呆れたようにそう言うと再びタバコに手をやった。


「そこで新さんの出番なんだよね……新さんが西園寺の関白様に声をかけて荘園を一つ用意するからと言ったら楼主は態度をころりと変えた。平民なんて現金さえ見れば態度なんて頃っと変わるモノさ。それでってことでお美代さんは晴れて自由の身となり、両想いの一学さんと結ばれた」


 お蔦はまるで自分の事の様に嬉しそうな顔をしてそう言った。


「ではおかしくないですか?斎藤一学の代表作で甲武国立美術館にある『遊女六作』は相模屋で描かれたと記憶に有りますが……身請けされたのなら鏡都の美濃屋敷で描かれたことになると思うのですが」


 かえでは不審そうな顔を嵯峨に向けた。


「お美代さんは控えめな娘でね。御大名の奥方なんて私には出来ない。女郎として一生を終えますと言って相模屋から出ようとしなかったんだ。だから俺は気を利かせて相模屋の一番高い部屋……まあ、当時は一番の上客はお美代さん目当てでその部屋でお美代さんを抱いていたんだが……その部屋に二人を住まわせた。気が利いてるだろ?俺は色恋には疎い遼州人だけどどこまで行ってもその性根は粋の国甲武で作られたんだ。そのくらいの配慮は出来て当然というところかな?」


 平然と嵯峨はそう言ってタバコの煙を吐いた。


「最初は見つめあうだけで……最初の夜は添い寝をしただけで手も触れてくれなかったってお美代さんはアタシに愚痴ってた。でもそれが一学さんの優しさだと言って笑うんだよ。あの子も女郎なんてやってたが根は純粋だったんだね。なんで女郎屋にこんな二人が居るんだろうとアタシもドキドキしてたよ」


 お蔦もまた遠い目をしてそうつぶやいた。


「でも一学も男だからねえ……それにお美代さんは……実はこれは内緒なんだが俺も一度抱いたことがあるが男の扱いが凄く上手いの。それもお蔦と並ぶくらい。あれじゃあ人気な訳だってお蔦には言うなよ」


「聞こえてますよ新さん。それにお美代さんは本当に酷い岡惚れでなんとか一学さんのものになりたい一心でねえ……結局三日目に耐えきれなくなって一学さんを押し倒して晴れて二人は結ばれたってわけさ」


 お蔦は得意げにそう言うと童貞の誠を舐めるような視線で見つめた。

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