第3話 身勝手なかなめ
「それよりアン。オメエは定時制中学の宿題以外はゲームしかしねえんだな?まあ、最近は『お友達』のカラシニコフさんよりそっちの方がお気に入りみてえだな。少年兵上がりは死ぬまで銃が手放せねえもんだとばかり思ってたがそうでもないらしい。その点はゲーム機は平和に貢献しているな。街中でおっさんに女だと勘違いされてケツを触られてもガンケースからアレを出すんじゃねえぞ。すぐお巡りが飛んできてテメエを逮捕してまたちっちゃい姐御に迷惑がかかる。いい加減あのガンケースを持ち歩く癖も止めろや。オメエはもう少年兵じゃねえんだ。一機動警察の隊員なんだその自覚を持て」
アンが手にしている携帯ゲームを見て後部座席のかなめはニヤついていた。
「あれを手放すのはちょっと……あれだけが僕の唯一の『友達』ですから。それに僕ってかわいいからすぐにバスとかに乗るとお尻を触ってくる人が居るんでその人を脅すのに必要なんで。ああ、ちゃんとバスの運転手にも銃口を向けて他言無用と念を押しているので問題になることは無いと思いますよ」
アンはそう言って俯いた。それを聞いた誠はバスの中でAK47を取り出して銃口を痴漢男に向けるアンを想像して寒気がするのを感じた。
「それに西。オメエもオメエだ。オメエはアンの先輩だろ?しかもオメエより年下はアンしか居ねえ。その自覚を持って先輩としてちゃんとゲーム機なんて下らねえものから足を洗ってひよことの甘い生活を過ごして見せて青春を謳歌して見せろ。そっちの方がよっぽど健康的だ。ひよこも恋を知らねえ遼州人なんだ。地球人のオメエが引っ張って行ってやんなくてどうする?あれだろ?両想いなんだからこのままいっそ……とか考えてるんだろ?それだったらひよこにゲーム廃人だと言う正体がバレる前に行動に移せ。それが同じ地球人の国甲武国出身のお姉さんからのアドバイスだ。分かったか?」
班長の島田に続き、隊公認のカップルとなっている『特殊な部隊』の看護師にして法術研究顧問である神前ひよこの名前を出してかなめは西を冷やかした。
「そんなの別に僕の勝手ですよ。それに人のプライバシーに勝手に踏み込んで下手な邪推をするのは止めてください!甲武は『大正時代の文明で行く』って国が決めたから電気で動くおもちゃなんて無いし……それにひよこさんの前ではゲームなんかしませんよ。ひよこさんの素敵なポエムの為に僕も月に一冊は詩集を買って読むようになったんですから!変なアドバイスは必要ありません!」
反抗する西にかなめは冷酷な笑みを浮かべた。
「そうだな。だがそれ以前に甲武の男はオメエの年で遊びと言えば女を買うこと位のもんだ……知ってんだぞ、オメエが東和に配属になった時、岡場所に連れていかれて女郎を買ったらしいじゃねえか。年上の童貞の神前より先に男になったわけだ……残念だったな、神前。西は童貞じゃねえんだ。でも、処女と童貞が結婚するのがほとんどの東和国民であるひよこがその事実を知ったらどうなるかな?ひよこの奴、西も純情無垢な真面目な童貞だと信じてるぞ、きっと。それが女を金で買うよううな遊び人だとバレる。こりゃあ面白いことになりそうだな……」
誠はかなめの言葉に驚きを隠せなかった。いつもはそんなそぶりも見せない西が童貞ではないことに衝撃を受けていた。
東和共和国の生涯処女童貞率は70%を超えている。隊の男子隊員も整備班長の島田と技術部の自称『独身貴族』の技術士官以外はみな童貞だった。
「西、オメエはひよこと付き合ってんだよな。ひよこは処女だ。それをオメエは弄ぼうとしている訳だ……それを知ったらひよこのファンの連中はどういう反応をするかな……オメエは遊び人認定されることは決定。整備班の連中はそんなオメエに鉄拳制裁を下す。オメエを一番買ってる島田も『純情硬派』を看板にしている以上、オメエを見捨てるしかねえ。居ずらくなるよなあ……さあ、どうする?」
かなめのニヤニヤ笑いはまだ続いている。
「そんな!僕が甲武で女を買ったなんて話はしないで下さいよ!あれは東和への赴任祝いということで上官の将校さんに無理やり連れていかれただけで僕が好きで行ったわけじゃ無いんです!それにそんなことがバレたら班長に殺されます!それと僕とひよこさんはそんな関係じゃありません!純粋に惹かれあってる仲なんです!お互い、ひよこさんは隊の法術師の能力判定を、僕は神前さんの05式乙型の『法術増幅システム』や様々な法術兵器の管理運用を一手に任されてるんですからお仕事でも話が合うんですよ」
西は真っ赤になって抵抗した。
「へえ、どんな関係だよ。目的は買った女と同じことがしてえんだろ?正直に言えよ。オメエにひよこのポエムを褒めるだけの歌心があるとは到底思えねえ。あれか?ここを出て行くまでに何度かヤッてポイ捨てするわけか?ひでえ男だな。オメエのベビーフェイスがキレた島田にボコボコにされるのを見られると思うと楽しくなってくるわ」
相変わらずのいやらしい笑顔のかなめに西は敵意をむき出しにしてにらみつける。
「馬鹿ねえ、かなめちゃん。西君は確かに童貞じゃないけど結構純粋なのよ……まあそれが目的なのかどうかわからないけどひよこちゃんと結婚すれば東和の永住権が取れるじゃないの。平民で士族や貴族に馬鹿にされるだけの甲武に帰らずに東和に居着こうという考えなんじゃないかしら?西君もそっちが目的なんでしょ?正直に言いなさい!上官命令です!」
助手席のアメリアは助け舟になっているのかいないのか分からない言葉を口にした。
「そんな国籍目的とかでもありません!二人とも国で貧しい暮らしをしているから境遇が似ていて、仕事でもひよこさんは法術研究の隊での第一人者で、神前さんとかの法術対応兵器を管理している僕と仕事が被ることが多いのでそこで惹かれあってるだけです!純愛です!島田先輩も『男たるもの硬派であれ』って言ってるじゃないですか!それを守ってるんです!僕もひよこさんも一緒に居るのが楽しいだけの関係なんです!」
西は必死になって言い訳をした。
「まあいいや、西。オメエが国で女を買ったことを黙っていてやる代わりに今日はアタシの機体をきっちり磨き上げろ。汚れ一つ残すんじゃねえぞ。それと詮索されるのも嫌だろうから全部オメエ一人でやれ。ああ、帰りは神前を送るんだったな。じゃあ、神前。オメエも手伝え。神前もアタシの部下だ。上司の機体を磨くのは栄誉な頃だろ?感謝しろよ」
かなめは非情にも誠に向けてそう言い放った。
「そんな西園寺さん……あんなでかいの磨き上げるって……何時間かかると思うんですか……」
誠はいつもの勝手なかなめの物言いに呆れ果てるばかりだった。