第26話 語られる二人の出会い
「野暮な話はよそうや。それより叔父貴。そんな花街の花魁の一番人気を岡惚れさせるなんてどんな手を使ったんだ?教えろ。アタシも参考にする。あれか?やっぱり定番は夜這いか?アタシも何度か神前には夜這いをかけてるんだがこいつは眠りが深すぎて一考に起きやがらねえ。そのままアタシが上になって童貞を奪ってやろうかって思ったことが何度ある事か……」
かなめは明らかに誠を意識しながら嵯峨に向けてそう言った。
「やっぱりかなめちゃんも夜這いをしてたんだ。私も二度ほどしたけど、誠ちゃんはいくらゆすぶっても全く起きないのよね。本当に……困ったものだわ」
アメリアもまた誠をにらみつけながらそう言った。誠は自分の眠りが深い自覚は有ったので実は童貞を喪失する機会をすでに何度か自分が逃していることを知って愕然とした。
「へえ、かなめ坊もそんなことが気になるのかい。いいや、俺もあん時は16の餓鬼だ。若かったんだよ。あ、その目!お前さん達俺が生まれた時からこの姿だったと思ってるな!俺は『ラスト・バタリオン』じゃないから赤ちゃんの時代もあったし、子供の時代も有った!今の見た目はこれからも変わらないけどそれは俺の体質なんだから仕方が無いんだよ!」
嵯峨は照れたようにそう笑った。
「本当に、あの時はアタシは19。田川宿の相模屋の二枚看板と呼ばれててねえ……でも、新さん。あの時どうやってうちの敷居を跨いだんだい?アタシも座敷に出てデカい面した餓鬼が偉そうに酒を飲んでるのを見て驚いたもんだよ。なんでこんな餓鬼が偉そうに女郎を買いに来たんだってね。確かに良い身なりはしてた。でも子供を女郎屋に入れたなんて他の店に知られたら相模屋の立場が無くなる。それをまあまるでそうするのが当然というように店でも一番いいお膳を頼んでおいしそうに酒を飲んでるんだ。全く驚いたもんだよ」
お蔦もまた不思議そうに嵯峨を見つめた。
「まあね、俺は修学院時代は真面目にやってた。神前やアメリアには分からねえだろうが修学院ってのは甲武の上流貴族の男が通う男子校だ。東和で言う中学校だな。そこの授業が退屈でまあ……俺はさ、12歳で経済学の博士号持ってたんだ。そのころには鏡大一発入試で首席で入れるぐらいの学力はあったの。だから高等予科に入っても学校なんて行く気はしなかったんだ。あそこはテストで満点とれば何も言わない学校だったからな。どうしても出なきゃならない体育の実技試験と学期末のテストのとき以外は暇を持て余して西園寺御所の居候達とふざけてばかりいた」
嵯峨は昔を懐かしむように話を始めた。
「そん時に居候の一人に当時名人と呼ばれる落語家の師匠が居てね。俺はその人に大層気に入られて、名人と呼ばれるその人が色々俺の為に落語をやってくれた。その中でも俺のお気に入りが『居残り佐平治』って奴だ」
得意げに嵯峨は若き日の自分を語った。
「知ってますよ。隊長。私は一応元落語家なんで。でもあれでしょ?佐平治は確かに女郎屋に居残るわけですけど、口が上手いのは隊長も一緒だとして、隊長は家事とか身の回りの世話とかまるでできないじゃないですか?確かに隊長がその田川宿の相模屋という女郎屋に行ったとしても金を持って無いと分かるとすぐに追い出されるんじゃないですか?しかもそこの看板の女郎を抱くなんて……」
アメリアは不思議そうに嵯峨の言葉を遮った。
「あれだよ。俺はね相模屋に千円札一枚持って行ったわけ。餓鬼が入るなって店の者が言うから千円札ちらつかせて金さえ払えば餓鬼だろうが文句はねえだろ!この店一番の女郎を出せ!って啖呵を切ったわけだ。当時の甲武の千円は今の東和の100万円くらいの価値だ。店番もビビってそのまま俺を座敷に通してそこに来たのがお蔦さんだったと言うわけ」
嵯峨は平然とそう言って茜を見つめた。
「お父様は昔からそう言うことには無駄に金を使うんですわね。本当にお父様にお金を持たせなくて正解でしたわ」
皮肉を込めた笑みを浮かべる茜をお蔦は冷たい目で見つめていた。
「あれはそうだねえ……一目ぼれってやつなのかね。若い貴族の為の軍学校の生徒さんがやたらと堂々と酒を飲んでいる姿を見て、これはいずれ大物になるとアタシは踏んだね。それでその晩は……まだ新さんは激しいばかりで女と言うものを喜ばせるすべを知らなかった。だからアタシが一晩かけてしっかり躾けてやったのさ」
恥ずかしげもなくそう言うお蔦に誠とカウラは顔を赤らめてうつむいた。