第22話 話題の思い人『安城秀美』
「それより、新さん。新さんを夢中にさせるって言うその安城さんとやらはどんなお人なんだい?妾として本妻に仕えるにあたってちゃんと聞いときたいのさ。教えとくれよ。それこそ新さんがぞっこんと言う女なんだ。当然いい女でしかも切れ者。違うかい?」
お蔦は笑顔で嵯峨を見つめた。その様子を見てその場にいる一同は大きなため息をついた。
「秀美さんね。うちと同じ司法局の実力部隊の公安機動隊の隊長をしてる人。フルネームは『安城秀美』で、階級は少佐。年の頃は……ってあの人サイボーグだから正確な年は俺も知らないんだけどね。見た目は35歳前後。色白ですらっと伸びた背筋が見事な美人……ああ、俺は年増好みでね。今のお蔦さんには悪いけど。俺はこんな見た目だけど熟女にしか興味無いから」
嵯峨は困ったような顔をしてそう言った。誠はこんなところで自分の熟女フェチを告白する『駄目人間』の間抜けな思考に頭を抱えた。
「そうさねえ、アタシ達はどう見ても18くらいにしか見えないものねえ……この姿じゃ新さんの理想にはなれないんだね。でもいいさ、アタシの太夫の技で新さんをアタシ無しじゃ生きていけないようにしてみせるよ。でもその安城さんとやらはどうせモテない東和人なんだろ?当然男の経験なんて無いだろうから床の中の手練手管では負けないよ……所詮は素人娘だ。こっちとは場数が違うんだよ」
お蔦はそう言って胸を張った。
「そうよねえ……嵯峨さんはベッドの中のテクニックがお得意な女性がお好みですものね……所詮私みたいに男に縁のないサイボーグなんかには興味が無いんでしょうね。お蔦さんの手練手管でせいぜい気持ち良くなっていいわよ」
突然、嵯峨の背後で女性のハスキーな声が響いた。振り向いた嵯峨の目の前に立っていたのは制服姿の話題の人、安城秀美少佐だった。その声を聴くと嵯峨は顔色を青ざめて恐る恐る安城の方を振り向いた。
「秀美さん。驚かさないでよ……それに僕が好きなのは秀美さんの人柄。生きていく姿。その力強さを感じさせる面差しなんかなんだ。決して下心は……あるけど、まあそこのところはベッドの中のテクニックは俺が教えるから。ね?それでお蔦達にも勝てるでしょ?大丈夫。それにサイボーグの性的感度は常人の女だったら発狂するようなレベルだって言うじゃないの。それはそれは凄い快楽で秀美さんを満足させられる。だから……お願いだから見捨てないで?ね?」
嵯峨の誰者想像を斜め上を行く発想の発言に安城はあきれ果てたようにため息をついた。
「私は所詮モテない東和人だからそう言うことはあまり興味無いの。それ以前に嵯峨さんとはただの仕事仲間と言う意識しか持てないわ。その点では尊敬できるけどそれ以外は最悪の男だと思ってるわよ。まずその仕事の話以外は下ネタしかないという発想。私には理解できないわね。そう言う意味では私にとっては嵯峨さんは最悪な男。そんなところかしら」
安城の冷たい一言に嵯峨はがっくりとうなだれた。
『あーあ。振られてやんの。自業自得だ』
部屋中の一同の合唱がこだました。そんな中お蔦はさっと席を立って安城に詰め寄った。
いきなり和服日本髪の娘に迫られて安城は狼狽えた。
「おい、安城さんとやら。アンタは本当に女かい?サイボーグ化する時に脳を男のそれと交換しちまったなんてところだろ。女だったら新さんを見て惚れないわけがない!」
お蔦の剣幕に嵯峨に対しては強気だった安城は誰が見ても分かるほど動揺していた。
「それはあなたの個人的な感想なんじゃないかしら?私には嵯峨さんには男性としての魅力を感じたことが無いわ。まず清潔感が無い、人の話は聞かない、共通の趣味もない。そんな男と付き合う価値なんてあるのかしら?」
ようやく平静を取り戻した安城はお蔦に向けてそう言い放ち二人は鋭い目つきでにらみ合った。
しばらくの沈黙したにらみ合いの後、お蔦の剣幕に安城はあきれ果てたというように大きくため息をつくとそのまま背を向けた。
「でも良かったじゃないの。これでいつもの小遣いを工面しての風俗通いから卒業できるんだから。お幸せにね。嵯峨さん、肝心の仕事の話になるけど例の嵯峨さんが注意しろと言っていたフランスの艦隊の旗艦『マルセイユ』が縦須賀に入ったわ。それを伝えに来ただけだから。嵯峨さん気にしてたでしょ?『廃帝』とどこの地球圏の国が手を組むかって……その相手がフランスだったわけね。どうせ仲介したのはネオナチの首魁、ルドルフ・カーンでしょうけど……。嵯峨さんみたいに不潔な人とはこれからは顔も見たくないから出来るだけメールで連絡するようにするわね。それじゃあ」
安城はそれだけ言うと会議室を出て行った。
「秀美さん……それは無いよ……ってこれも俺の若気の至りのツケなのかな……」
嵯峨は諦めたように机に突っ伏した。