第2話 騒々しい女達
ぼんやりと誠が二月の寒空を眺めていると、入り口付近で強力なガソリンエンジンの放つ爆音が響いた。それを聞くとそれまで夢中になってゲームをしていた西とアンは急に緊張した面持ちになり、ゲーム機を仕舞い、こたつから出て誠の隣に立った。そのあまりの突然の豹変ぶりに誠は吹き出しそうになった。二人がゲームをしているところを見られるとどうなるかを誠は知っているだけにその様子はあまりに滑稽に過ぎた。
「いきなりなんだよ、お前等。ははーん。西園寺さんがそんなに怖いのか?あの人は自分は良く仕事をサボるのに人がサボっているのを見つけるとすぐに銃を突き付けて来るからな。そしてあの人の決め台詞の『そんな仕事をサボるような奴は射殺する』だもんな。あの人にも困ったものだけど、お前等もまったく現金な奴だ」
誠は急に緊張した面持ちを浮かべている二人を見て笑顔を浮かべた。
ゲートに入って来たのは20世紀末の日本の名車『スカイラインGTR』で運転しているのは機動部隊第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉だった。その島田の無茶苦茶なチューンで800馬力まで改造し尽くされたその車のエンジン音は独特で誰が聞いてもすぐにわかるものだった。
「当直か。神前、当直ご苦労だったな。しかし、島田にも困ったものだ。アイツは貴様なら自分の言うことは何でも聞くと決め付けている。整備班員だけでも今回の宿直要員の代わりは務まったはずだぞ?パイロットの仕事はこの部隊の主任務なんだ。いつそのような事態が起きるか分からないのだからパイロットの体調は万全でなければならない。睡眠不足で判断が落ちて撃墜などということは許されないんだ。今度強く言っておくから安心しておけ」
20年前の『第二次遼州大戦』で敗色濃厚となった『ゲルパルト第四帝国』が兵士不足を補うために製造を計画し、結局戦争には間に合わず戦後に覚醒した戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』らしい自然には有り得ないエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせながら運転席のカウラはそう言って誠をねぎらった。
「おい、アン!オメエは昨日わざと神前と二人っきりになって誘惑してケツを掘られようとか考えてたろ?証拠は上がってんだぞ!白状しろ!」
後部座席から身を乗り出した第一小隊二番機担当の西園寺かなめ大尉はたれ目を光らせながら『男の娘』であるアンをにらみつけた。かなめの傍若無人ぶりとその戦闘用義体の怪力、そして何よりも肌身離さず愛銃スプリングフィールドXDM40を持ち出しては口癖のように『射殺する』と言って銃口を突き付けて来る彼女の習性を配属されてから思い知ったアンは思わず手にしていたゲーム機をかなめから見えないように後ろに隠した。
「西園寺大尉!僕はそんなことをしてはいません!そうなることを望んではいますが……今日はやってません!」
アンは何かというと銃を持ち出すかなめに恐れをなしてそう反論した。
「そう?今日はやっていないってことはいつかはやるのね……屈強な誠ちゃんに犯されるか細いアン君。ボーイズラブ漫画としては絵になると思うんだけどなあ……誠ちゃん。男の娘で童貞喪失する若き英雄ってのはボーイズラブのテーマとしては結構アリだと思うのよね」
腐った脳髄の持主である助手席のアメリア・クラウゼ中佐はそう言っていつもの糸目で三人を見回した。
「アメリアさん。変なこと言って回らないで下さいよ。ただでさえ、整備班の先輩たちは僕とアンの関係を邪推していつも僕の事を変な目で見ているんですから。それにアンには彼氏がいることはアメリアさんも知ってるでしょ?なんで僕がアンに手を出すんですか?こいつ等仮眠時間以外はずっとこたつに入って携帯ゲームやってましたから。たぶんこの部屋には技術部の例の技術士官の人達が監視カメラを仕掛けてると思うんで証拠は有ります!」
誠は『人間拡声器』の異名で知られ、隊のあること無いことを言って回る面倒な人物であるアメリアに向けてそう言った。
「ならいいや、それより神前。帰りはどうするんだ?原付は寮に有るんだろ?歩いて帰るのか?」
かなめはガサツなかなめにしては珍しく気を利かせて誠にそう言ってきた。
「ああ、帰りはどうせ一緒なんで西のおんぼろの軽自動車に車で寮まで送ってもらうつもりです!その点は安心してください!」
頭を掻きながら誠は西に眼をやった。
「あのおんぼろ車か?あの軽、いつまで動くんだ?あれ、三日に一度はどっか壊れるような車だぞ。まあ、自動車整備士の資格ももってる西が隊の機材でその度に直して何とかだましだまし乗ってるけど、いつまで動くのやら。ゲーム機なんか買ってる金があるならとりあえず車を買い替えるとか考えろよ、西。これだから平民の考えることはわからねえんだ。狭い寮にデカいテレビを買い込んだかと思えばそれでやってるのもゲーム。そして勤務中や外出先で暇が出来るとやってるのもゲーム。そんなにゲームに嵌ってるとせっかくデートにまでこぎつけたひよこの奴に振られるぞ。アイツはポエムが趣味なんだ。アイツと一緒に詩の朗読会に参加するとかしないと本当に愛想つかされてもアタシは知らねえからな」
甲武一の貴族で宰相令嬢でもあるかなめは貴族の特権で電気ガス水道が普通で地球圏から密輸したゲームなどは遊び放題の環境に育って来たので、ゲーム機がある環境が珍しくてたまらない西に向けて軽蔑するような視線を送った。