第19話 実娘と義娘
「お父様……何がおっしゃりたいのかしら?お蔦さんのおかげで私が生を受けたことは理解しました。母の事は義基伯父様から聞いていますのでそんなこともあるだろうと私でも推測がつきます。でもお父様が『駄目人間』であるという事実に代わりは有りません。しかもあのアパートの契約条項には住人は一人限定という条項は有りません。隣の部屋には一家四人で暮らしている家族が同じ広さの部屋に住んでいます。お父様の面子?そのようなものは私には関係ありませんわ」
茜は怒りにこめかみを引くつかせながらそう言った。
「俺って……こう言うのもなんだけど高給取りじゃん?甲武国の憲兵少将の給料と東和共和国の特務大佐の給料。どっちも二重で出てるの俺も知ってるの。それとこの部隊の隊長の手当て……結構手厚いんだ……それと俺の住宅手当が8万円なのは俺でも知ってるんだよ!3万円もちょろまかしやがって!それなのに小遣い3万円に管理費込みのアパートの家賃2万円で生活してるんだよね……隣の家族は夫婦はどちらも病気持ちで働けないから生活保護を受けてあのアパートに住んでるの。それともなにか?茜は俺の小遣いを市の代わりに生活保護としてあげているつもりなのか?それなら俺は仕事なんかやめる!ニートになる!」
厭味ったらしく嵯峨はそう言って娘を見つめた。
「え?新さんは甲武の最高位の貴族だろ?将軍様だろ?それが物価の高い東和で5万円で生活してる?なんだいそれは!お城とまでは言わなくてもお屋敷の1つや2つ持ってても当然じゃないのかい!あんた!娘なんだろ!親孝行と言う心は無いのかい!父親が明日をも知れぬ暮らしをしている……なんてかわいそうなんだろうねえ……新さん。アタシ等はいいよ、そのボロアパート。甲武の狭い長屋みたいなもんだろ?だったら裸で二人で温めあって立派なお屋敷の様に愛し合おうじゃないのさ!お金が無い?だったらアタシが稼ぐよ!なんでも東和じゃ売春は非合法だけど金になるらしいじゃないのさ!良いじゃないか!この身体でいくらでも新さんに貢いであげるよ!」
嵯峨の境遇にキレたお蔦はそう言って茜をにらみつけた。
「僕も売春云々はともかくお蔦さんの意見には賛同するね。茜お姉さまは義父上に厳しすぎる。それでは養女となって嵯峨家の家格を継いだ娘である僕の顔が立たないんだ」
そう言ったのは意外にも嵯峨の義理の娘で嵯峨家を継がせたかえでだった。一同は意外な人物の発言に視線を金髪の男装の令嬢へと向けた。
「甲武国は貴族制の国だ。貴族にはその生まれ持った誇りがある。嵯峨家当主として、前当主である義父上にはそれにふさわしい暮らしをしてもらわないと顔が立たないんだよ。跡目を継いだ先代を毎食賞味期限切れのカップラーメンを格安でスーパーの店長から譲ってもらってそれで済ませている。夜は甲種焼酎を飲みながら風俗専門誌の写真で性欲を紛らわせているなんて暮らしをさせているなんて言うことが本国に知れたら僕の立つ瀬がない」
かえではそう言って茜に流麗な美しい顔を向けた。
「かえでさん。何がおっしゃりたいのかしら?ここは東和共和国です。貴族の面目などというものはここでは通用しません」
茜の表情は相変わらずふしだらな父に対する怒りに震えていた。
「茜姉さんがどうしてもその金が欲しいというならそれもよし。だったら僕が屋敷の一つも手配してあげるのが義娘としての当然の責務じゃないかと思うんだ。まあ、今日すぐに出来る話ではないね。リン、千要にそれなりの僕の気に入った旅館があったね。あれを今すぐ丸ごと抑えてくれ。屋敷が見つかるまでは義父上とそこの三人のお嬢さん方にはそちらを使ってもらうようにする」
「心得ました。早速手配します」
余裕の表情を浮かべるかえでは副官のリンにそう言って指示を出した。リンはすぐさま携帯端末を取り出して入力を始めた。
「かえでさん。あなたはお父様に甘すぎます!お父様は『駄目人間』です!これ以上堕落させてどうするんですか!」
「堕落?素晴らしい愛の話じゃないか!それにこの愛は堕落では無いよ。ああ、男を知らないお姉さまには不潔には思えるかもしれないが、これはゆくゆく嵯峨家全体を守るために必要な処置だったとお姉さまも納得してもらえると思うのだがね」
かえでは余裕の笑みを浮かべてそう言った。