第176話 嵯峨の『廃帝ハド』の評価
「そんな話はどうでも良いから仕事の話をしろ!今は仕事の時間だ!」
さすがにキレたランの様子に嵯峨はタバコを揉み消すと居住まいを正して隊長室の椅子に座り直した。
「昨日の襲撃の件。これまでの『法術武装隊』の活動範囲は遼大陸に限られていた。それが急にこの東和列島に飛んだ。その件を俺がどう思ってるか聞きたいんだろ?」
嵯峨は真面目な顔をしてそう切り出した。ランはその答えに満足げにうなずいた。
「あれじゃない?年度末も近いしさ、『廃帝ハド』の内部で人事異動の内示でもあったんじゃない?東和は貨幣経済のほとんど機能していない貧しい遼帝国とは違って給料が良いから遼帝国での活躍が認められてカラのおばさんは出世したんじゃないの?」
再びの嵯峨の皮肉を込めたやる気のない態度にランは握る手に力を込めた。
「死にてーか?『駄目人間』。テロ組織の人事異動なんて聞いたことがねーぞ。それに給料がどーたらこーたらっていつから『廃帝ハド』の組織は一般企業になったんだ?」
絞り出すようにランは怒りの言葉を口にした。
「なんだよ、冗談も分からないのかよ。それはさておき、俺達の前にはこれまで廃帝の配下は北川公平と桐野孫四郎の二人しか出てこなかった。まあ、『廃帝』本人が東和の租界で指揮を執ってるには少ない人数だよね……無能な東和のお巡りさんたちにはこの二人で十分と『廃帝』は考えていたんだろうけど、その思惑を俺達が時々邪魔して見せた。いい加減この二人じゃらちが明かないと気付いたんじゃないかな?それともこの二人は別の任務に就くからその後任にカラが就いた……どっちの可能性もあるね。できれば後者の方が俺としては都合が良いんだけどさ」
嵯峨はそう言うと再びタバコに火をつけた。
「『廃帝ハド』という男……法術師としてはお前さんに匹敵する力はあるが、おつむの方は……俺からいわせりゃ『並』だな。秀美さんからもアイツの部下の犯行と思われる法術事件の他国での事例の報告を受けてるが、どれも頭のいい人間のする事じゃない。ただ力任せの強引さが売りの暴力犯の手口だ。アイツの言う『力ある者の支配する世界』ってのはただの強いものが生き残る乱世になるだろうな。以前アイツが皇帝をしていた時の200年前の遼帝国のように。アイツは皇帝の器じゃない。国家や組織を運営していける能力はアイツには無い。アイツに官僚を動かすことが出来るか?ただ力で脅すしかできないね。アイツに臣民を心服させる人徳があるか?アイツにあるのは力への執着だけだ。アイツに対立する国家とつかず離れずの関係を保つことが出来るか?あのプライドだけの男にそんな屈辱が耐えられるわけがない。今、アイツが俺達と互角に渡り合ってるのはアイツの力を恐れて従ってる人間に担がれていることと、アイツの頭脳となって助言してくれている出資者のおかげだ」
舐めた口調で嵯峨は『ハド』をそう断じた。
「出資者……ネオナチ……ルドルフ・カーンか?確かにアイツならあんたの言うような芸当はすべてこなして見せるだけの頭がある」
ランは渋い顔をして嵯峨にそう言った。
「そう言うこと。カーンの爺さんは金だけじゃなくて組織運営まで『ハド』の為にしてやってる。年を取るとボランティア精神に目覚めるのかね?あの爺さんが前の大戦の現役時代にはそんな人助けの精神なんてみじんも持ち合わせていなかったのに。人間変わるもんだな……いや、変わっていないのかもな。カーンの爺さんが『ハド』のケツを拭いてやっているのはその関係において優位性を確保するため。自分の存在価値が『ハド』には欠かせないと分からせるためだ。確かに力を持たない地球人があの力だけが自慢の『ハド』と対等に話し合おうと思えばそれくらいの事をやるのはお安い御用と言うわけか……そして最終的に自分が手を引いて、力におぼれた『ハド』が自滅するのを待つ。随分と気の長い話だねえ。それまでカーンの爺さんの寿命が持てばいいけど」
嵯峨は皮肉を込めてそう言うと大きくタバコの煙を吐いた。




