第16話 混乱は続く
隊中に嵯峨が甲武の花魁を『武悪』の導入のどさくさに紛れて横領した金で身請けしたと触れて回ったアンを捕まえて第一会議室に着いた誠を待っていたのはにらみ合うお蔦と茜の姿だった。
「おう、神前ご苦労さん。アンよ。あること無い事隊にふれて回っていらん混乱を招きやがって。困ったもんだ。推測でモノを話すのは大人のする事じゃないぞ。お前さんも元少年兵ならデマの怖さは戦場で身に染みて分かってるはずだろ?とっとと席に着け」
会議室の黒板の前に座っていた嵯峨はそう言ってアンを情けない目つきで見つめた。
「不潔な人間に言われたくないですね!僕は穴が一個多いだけの存在に興味はありません!むしろその穴が欲しいくらいです!」
アンはそう言うと渋々会議室の第二小隊の下座の席に座った。
「ひよこは……また遅刻か。ひよこが来れば俺の潔白は確実なものになると思うんだけど……まあいいや。始めようか」
そう言うと嵯峨は隣に座っているお蔦達に眼をやった。
「お蔦さん。俺が相模屋を出てから29年……苦労したんだろうねえ……」
嵯峨は優しい口調でお蔦にそう言った。それまでの鬼の形相だったお蔦の表情が崩れた。
「そうだよ……新さんに会いたい一心で……私も他の男に買われても思うことは新さんの事ばかり……どの男も新さんほどアタシを酔わせてはくれなかった。世の中に新さんよりいい男なんて居ないんだ。新さんより身体の相性がいい男は一人だっていなかったんだよ」
そう言って突っ伏して泣き出すお蔦に嵯峨は諦めたような笑みを浮かべて周りを見回した。
「お父様。今すごくいい顔をしてらっしゃいますね。自業自得ですわね。いい気味ですわ」
「叔父貴。女を泣かせるのは主義に反するんじゃねえのか?ひでえ奴だな」
「隊長不潔です」
「隊長。どんなプレイをしてたの?甲武の女郎屋のエロさってどんなものか興味があるのよ。次のエロゲは甲武の廓モノにしましょう!」
茜、かなめ、カウラ、アメリアはそれぞれ勝手なことを口にしながら嵯峨に眼をやった。
「別に僕としては大歓迎なんだがね。嵯峨家存続を考えれば義父上に後妻を迎えたいと考えていたところだ。妾の数人くらい居て当然だと思うよ。というかぜひ欲しいくらいだ」
「かなめ様の先見の明。もっともなことだと思います」
「でもやっぱり隊長は不潔ですよ」
第二小隊の面々、かえではやけに落ち着いていてリンはかえでに同意しアンは汚いものを見るような目で嵯峨を見つめた。
「だから。俺がお蔦さんを呼んだわけじゃ無いんだよ。お蔦ちゃんは俺を求めてはるばる甲武から東和にやって来たわけ。しかも29年の時を超えてだよ……神前。俺ってモテるだろ?遼州人も努力すれば俺みたいにモテモテになれるんだ。良い希望になったろ?俺は甲武に居た時はそれはもうモテるようにひたすら努力した。その努力は惜しまなかった。そしてその結果こうしてはるばる星を超えてまで俺を追って来る女性が現れるほどのモテ男になれた。良いだろ?」
嵯峨は急に元気になって自慢げに誠に向けて笑った。
「こんだけの大騒動を起こしておいて言いたいことはそれですか?隊長には反省と言う言葉は無いんですか?」
誠もまた軽蔑の視線を嵯峨に投げた。
「それにしてもひよこは遅いなあ……アイツは苦労人だから多少の遅刻くらいは大目に見てやっているんだが……アイツが来ない事には俺の濡れ衣は何時まで経っても晴れやしないよ。それじゃあ困るんだけどなあ」
嵯峨がそんなことを言っているところに会議室の扉が開いた。
そこに立っていたひよこの表情には誰もと同じ信じていたものに裏切られた表情が浮かんでいた。