第143話 店を出た二人
かえでは黒い皮のジャケットに下半身はTバックのパンツ一丁と言う淫らな格好の割に立派なことを話した。
『かえでさんは僕と一つしか違わないのに多くの事を知っていて、多くの事を望んでいる。僕よりずっと先を走っている。そして僕に付いてきて欲しいという……立派過ぎる。なんで僕はかえでさんに気に入られているんだろう?僕なんかじゃとても追いつかない世界を走っている人なのに……まあ、あえて言えば変態だけど……だから僕のアレが目当てなのか?』
誠はそんなことを考えながらかえでに続いて長い廊下を歩いた。
「デートで政治の話をすると嫌われると言うけれど、それで君に嫌われるのは仕方が無いと僕は思っているんだ。僕は貴族として産まれた。貴族である限り政治の世界は日常として存在する。無能な貴族達はあえてその話題を避ける。でも僕はそんなことはしない。そんな無責任な生き方は僕のプライドが許さない。貴族に産まれればその日常の中心には常に政治の話が有るのが普通だからね。だから正直に僕は僕の思いを君に話した。つまらなかったかな?僕の話は」
振り向きながらかえでは誠にそう言った。
「いえ、面白かったです。僕は社会常識が無いんで良く分からないことも多かったですけど、すごく勉強になりました。そして、これまでのかえでさんのイメージが変わりました。かえでさんは立派な人です」
それは本心だった。誠の目はかえでに対する尊敬であふれていた。
「僕はそれほど立派な女では無いよ。これまで通り淫らな女として見てくれてかまわないし、快楽主義者の僕としてはその方が嬉しい。ただそれだけの女とは思われたくない。僕は常に先を見据えている……これはお姉さま達三人と僕の明らかなる違いだ。そこだけは理解してほしい」
そう言うとかえでは頭を下げてきた仲居にカードを手渡し清算を済ませてそのまま見事な梅の林が広がる庭園に出た。
「梅……いいですよね。かえでさん。僕はこのほのかな香りが好きなんです」
誠は靴を履きながらそうつぶやいた。
「僕も梅は好きだよ。桜より梅の方が好きなくらいだ。桜はどこかはかなげで刹那的だ。そのエロティシズムに惹かれることはあるが、先を見据えることが好きな僕はその先に実を成し、人々の役に立つ梅の可能性が好きなんだ。同じ花だと言うのにどうしてこうも違うのかと思うこともある」
かえではピンヒールを履きながら笑顔でそう返した。
「実はもっと山沿いなんだが、梅の見事な庭園のある廃別荘を買ってね。ちょっと離れているがドライブにはちょうどいい。そこまで行こうか」
かえではそう言って立ち上がると梅の香のする庭園を抜け長屋門を通り抜けて車に戻った。
「山道になります?僕は車には強くなったとは言ってもそれほど乗り物には強くないですよ」
誠は助手席に乗りながらそうこぼした。そんな誠にかえではラベルの無い小瓶を差し出した。
「僕の車のサスペンションは特別製で乗り心地には不満は無いと思うんだけどね。それでも不安なら、これを飲むと良い。たぶん乗り物酔いの事など忘れることが出来る。僕なりの心づくしだよ」
笑顔でそう言うとかえでは静かにオープンカーを後退させ、細い山道に乗り入れるとそのまま車を加速させた。