第142話 あまりに大きな野心とそれに巻き込まれる誠
「あまりにスケールが大きすぎて……ついて行けないような……」
誠は食べ終えた食器を置いて照れ笑いを浮かべながらかえでにそう言った。かえでが変態なのは間違いない。それでもそれを超える夢とそれまでの道のりをしっかり考えることが出来る素敵な女性であるという事実に誠は引き込まれた。
『母さんの言うように僕はかえでさんと結ばれるべきなのかもしれないな……』
誠はかえでのそんな先見性を知っていたのかもしれない。このような大きな話が出来るのは誠の周りではアメリアくらいしかいない。かなめは目の前の自分の機嫌しか考えていない。カウラは現実をあまりにそのままに受け入れすぎている。その点、かえでは変態だが未来を見つめている。誠の心は大きくかえでに揺らぎつつあった。
「そうかい?でも君は僕の話を聞いてくれた。聞き上手と言うのは人の取柄でも特に優れたものだと僕は思っている。さらにそれに対する僕の思いと情熱を深めてくれた。それは君には残された可能性がいくらでもあると言う証拠だよ。君には可能性がある。僕はそう信じている。人は常に可能性を持って生きるべきなんだと僕は思っている。ならば僕と一緒に可能性を追求しよう」
かえではそう言って笑いかけてきた。
「こう言っては何だが、お姉さまにはその可能性はない。本来ならばこのような話はゆくゆくは関白太政大臣として甲武国を背負っていくお姉さまが語るべきことなんだ。でも君はこんな話は聞いたことが無いだろ?残念なことにお姉さまには目の前にあることがすべてなんだ。それ以上の事は考えることはやめてしまっている。それは三歳の時に身体を失ったからかもしれない。いや、元々そんなことを考える能力がなかっのかもしれない。でもそれはお姉さまの個性だ。僕はそのことでお姉さまを責めることはしない。なら僕が代わりに考えて差し上げればいい。それだけの話さ」
かえでは試すような調子で誠にそう言った。
「ええ、西園寺さんは政治の話は仕事がらみ以外ではほとんどしないです。そして目の前の事しか考えていないのも間違いないです」
誠にもその事実は認めざるを得なかった。
「お姉さまは変わらなかった……いい意味でも悪い意味でも。成長しない……成長を拒んでいるんだ。だからお姉さまにはとりあえず関白になって必要に迫られて成長していただくしか方法が僕には思いつかない。そうでなければただの機会の身体の殺人マシーンで終わる。お姉さまにはそうなって欲しくない。ベルガー大尉。彼女にも成長の伸びしろが無い。彼女は戦闘指揮とパチンコにしか関心が無い。確かに君と出会って彼女は変わったらしい。でもそのような変化は僕から見ると些細な変化だ。僕が君にもたらす変化に比べるとあまり君を良い方向に導くとは思えないな……」
かえではここでかなめとカウラの事を上げて自分がより優れているかのように優越感に浸った笑みを浮かべた。
「じゃあ、アメリアさんは?」
誠は思わずそう尋ねていた。
「彼女は全体を見る能力がある。稼働時間が長い『ラスト・バタリオン』としてこの東和で多くのモノを見てきた。社会人としては僕より多くのモノを見てきている。だから、彼女は君に多くの事を教えてくれたんじゃないかな?彼女には君を導く力が有る。ただ僕は彼女より先に出会うことが出来れば君をより良い方向に導くことが出来た。それだけが僕の心残りだ」
そう言ってかえでは誠に笑いかけた。
「確かに、アメリアさんは僕が知らなかったこの国の裏側を教えてくれました。アメリアさんなら僕を成長させてくれるかもしれませんね」
誠の言葉にかえでは静かにうなずいた。
「彼女はいずれこの隊の隊長になることが決まっているらしい。彼女なら軍が介入することで政治問題になりかねないような場面に颯爽と現れ事件を解決するこの部隊の隊長にはふさわしい……でもそこまでなんだよ、彼女は。彼女にはこの遼州圏を変えていくだけのビジョンがない。その点僕にはそれがある。だから、君の力は遼州圏を変えるような方向に……そう、君にはそれだけの力が有るんだ。そこまで成長する義務がある。その義務を果たせるだけの成長を与えられるのはおそらく僕しかいない……だから君は僕と結ばれるべきなんだ」
そう言うとかえでは決意したように立ち上がった。