第139話 かえでの目指す甲武国の行く末
仲居は手にデザートのイチゴのムースを持って現れた。
手際よくテーブルを片付け、ムースを誠達の前に置く。そして静かに部屋を出て行った。
「寿命で死ぬか、お姉さまに殺されるかは別として島津時久が排除されても、貴族主義者は新たなカリスマを掲げて立ち上がるだろうね。それがあの国では繰り返されることになる。その為には強固な意志を持った軍人や政治家や官僚が必要になる……そのために君の協力が必要なんだ」
そう言うかえでの顔にはどこか色気が滲んでいた。
「僕ですか?僕はただ未熟な法術師ですよ……」
誠はそう言いながらムースのスプーンを手に取った。
「いや、君は力を持ってもおごらなかった。恐らく君の遺伝子にその心が伝わっている。僕との子供にもそれは伝わる。そして僕の信頼している家臣達……リンや使用人たちにもその遺伝子を残してほしい」
かえではきっぱりとそう言った。この発想には誠は何時もついて行けないが、この時の真剣なかえでの顔を見るとそれはかえでの本心を表していると誠は感じた。それは貴族としての誇りをかけた言葉だった。
「でも、それってかえでさん公認で浮気しろってことでしょ?良いんですか?そんなの。甲武では許されるんですか?東和では不倫は大罪ですよ」
誠は戸惑いながらムースを口に運んだ。
「僕が君と愛し合える回数が減ってしまうのは僕個人の至らなさのせいだよ。僕も貴族として産まれてしまった以上、そんな個人的な好き嫌いで生きられない運命なのは悟っているんだ。だからそんなことは君の気にする事では無いんだよ。それに僕にはするべきことが多すぎる。君とはまず三つ子を産むつもりだ。嵯峨家当主、日野家当主、そして神前家当主。この三人を中心として家の形を作る。残念ながら僕には出産育児に時間を取られている暇はない。そしてリンを筆頭とした女達には一人でも多く子をなしてもらう。リンは効率的にモノものを考えることが出来る産婦人科の専門医だからね。当然その場には僕も同席させてもらうつもりだよ。その際、僕は嫉妬に狂うだろう。そして、その女を抱いた君に襲い掛かって……いや、それから先は君にはまだ早いか」
そう言ってかえでは淫靡な笑みを浮かべた。
「そうして力におぼれる権力者たちと君の子供をすり替えていく。無能でその地位にいるだけの貴族には隠居してもらい、優秀な君の遺伝子を継いだ子供にその地位を譲ってもらう。そして真に信頼できるものばかりで国が動かせるようになった時、僕は立つ。宰相になる」
決意したようにかえではそう言ってのけた。
「お父さん……西園寺義基宰相の跡を継ぐんですね。理想では無く現実として平民が自由に暮らせる甲武を作ることを目指す宰相として」
誠は静かにムースを食べながらそうつぶやいた。
「そうだ。そして、信頼できるものだけで国を変えていく。貴族を名目的なものだけの存在に変える。士族も同じだ。貴族と貴族にこびへつらう金に汚い平民達に搾取されてきた飢えた平民は飢えから解放されるだろう。そうなれば必然的に甲武と言う国は東和と変わらない豊かな国になる。甲武には3億の人口がある。軍事力も東和の比ではない。その国が生まれ変わるんだ。遼州圏の情勢は一挙に変わることになるだろう……」
かえではムースを上品な手つきで食べながら話を続けた。