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第136話 『ガラスの城』の攻め時を探る男

「それでは続きましてはアジの茶漬けになります」


 タイミングを見計らったように仲居がふすまを開けて入ってきて、空になった皿を片付け、どんぶりにアジの切り身が載せられたものと大きな陶器製の急須を置いて立ち去った。


「ああ、これもここの名物でね。これも出汁にひと工夫がある。この出汁と魚の身の組み合わせは最高なんだ。僕はタイが好きだが、クバルカ中佐が言うには来月辺りはいいタイがこの付近でも捕れるようになるらしい。なんなら食べてみると良い。この急須の中身の汁秘密。ぜひ知りたいものだね。うちの料理人を連れてくればその秘密も分かるかも知れないが、秘密は秘密のままにしておいた方が楽しいことが多いからね」


 それまでの真剣な表情を崩してかえでは笑顔で急須を持つと誠の大きめのどんぶりに汁を注いだ。


「ありがとうございます、ああ、僕が……」


 誠のどんぶりに汁を注ぎ終えると自分のどんぶりに汁を注ぐかえでに手を貸そうとする誠だが、かえでは首を横に振ると静かに自分のどんぶりに汁を注いだ。


「『ガラスの城』。それが今の『民派』の権力構造を表すのに最適な言葉なんだよ。敵である『官派』のガチガチの頭の悪い貴族主義者にしてみれば、確かに立派で難攻不落に見えるが、少し頭の回る主義にこだわらない柔軟な政治姿勢の持主から見れば攻めどころさえ間違えなければ確実に落とせる。義基お父様の城は何時落ちてもおかしくない状況なんだ。要は何時落とすか。その時を今の『官派』の最高実力者である島津時久元帥は狙っている。あの男にとって『官派』の唱える貴族主義は自分が権力を握る都合のいい看板にしか過ぎない。貴族主義、士族の権威を守る。どちらも味方を増やすための方便にしか使わない。結果分け前を渡せばいいのだろうというくらいしかあの男は考えていない」


 かえではそう言うと静かにどんぶりを持ちアジ茶漬けを口に運んだ。誠もかえでの言葉を一言も聞き漏らすまいと急いで茶漬けを掻きこんだ。


「『官派』は『近藤事件』で実力行使では義基お父様を倒せないことを思い知った。いや、近藤を見殺しにした島津時久は最初からそんなことは分かっていた。というより、もっと簡単に義基お父様を倒すことが出来ると考えていた。そして秋の『殿上会』。そこで左大臣九条響子が義基お父様の憲法改正の動議に異議を唱えなかったことで『官派』から見限られるとようやくその姿を現して動きを見せてきた。これまでは九条頼盛という影武者を使って『官派の乱』を引き起こし、その責任を頼盛に押し付けると今度は自分の政治力で若く判断力が無いと見込んだ響子をその後釜に据えて操り人形として利用しようとした。しかし、その思惑はこの前の『殿上会』でくずれた。あの男は高齢だ。不老不死でないあの男に残された時間は少ない。そこで渋々自ら腰を上げた。僕の見立てではそんなところかな」


 かえでの言葉には誠の知らない影の権力者『島津時久』への憎しみの色がにじみ出ていた。


「ただ、あの男にとって今は『ガラスの城』の攻め時ではない。法術が明らかになり、遼州系は混乱し、地球圏もこれまでより注意深くこの星系を見守っている今、政権を握って国を動かせる立場になっても数多くの他国の罠や地球圏の陰謀に立ち向かうと言う面倒な仕事を押し付けられることになる。義基お父様はそれをすべてそつなくこなしている。ここで義基お父様を政権から追い落として実権を握ったとして、一つでも間違いを犯せば有能な宰相として国家運営を行ってきた義基お父様と比較されて『無能』の烙印を押されて『官派』の看板は何の意味もなくなることをあの男は理解している。あの慎重な男はそれらの難題がすべて片付いてからゆっくりと、じっくりと義基お父様を闇に葬るつもりだ。それがあの男のやり方なんだ」


 かえでは茶漬けと一緒に出されたお新香をかじりながら静かにそう言った。


 かえでとかなめの父である西園寺義基は常に危機にある。誠はかえでの言葉で改めてその事実を知ることになった。

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