第134話 力を持つと人は……
「本当だ……おいしい。これ……うちでも母がナメロウは作るんですが、こんなに工夫が効いた味じゃないですよ。味が新鮮なのは当然ですが、よく叩いてあって口の中でとろけるみたいだ。それに味付けの味噌なんかまるで味の為にあつらえたみたいな味じゃないですか。ありがとうございます」
口の中でとろける甘みのあるアジのすり身に誠は感嘆の声をあげた。
「そうだろ?この味は他の店では絶対に楽しめないだろうね。でも、これはこの店の秘密なんだ。クバルカ中佐も自分がお世話になっている組でこれを再現しようとこの店の店主に交渉したが絶対に秘密だと教えてくれなかったそうだ。秘密があった方が人も店も面白い。僕にも君に見せてはいない秘密があるが……僕は露出癖があるからすべてを君に見せているように君は感じるかもしれないけど有るんだよ。僕にも秘密が」
そう言って再びかえでは妖艶な笑みを浮かべながら笑った。
「先ほどの続きだが、人は力を持つと間違いなく腐る。特にその力の源が努力や才能以外のものだった時は救いようのない人間にまで落ちる。僕はそう言う人間ばかりを目にしてきた。そんな人間の相手をするのに僕は正直疲れてきていた。性的な快楽でそれを紛らわそうとしたが、それも限界だった。だから僕は『特殊な部隊』への転属の話が来た時本当にうれしかった。そして君と出会えた。これは本当に幸運なことなのかもしれないね。『特殊な部隊』に来てもう4か月になるが、不快な思いをしたことは一度も無い。ああ、君やお姉さまには僕の情熱から不快な思いをさせてしまったかもしれないね。それも愛ゆえに暴走する僕の心のなせる技なんだ。許してくれたまえ」
野菜の小鉢に箸を伸ばすかえでの表情はどこか決意に満ちていて悲し気に誠には見えた。
「軍や政治の世界ではその階級と職に、政治ではその議員の椅子に権力の源、つまり『力』がある。別にその人間に力が有る訳じゃ無いんだ。その点を理解していない人間が多すぎる。その事実を理解しているのはほんの一握りの人間だ。義基お父様はその点では所詮『宰相』と言う仮面が人を惹きつけているだけだと言う事実を理解している。そう言う意味で僕は義基お父様を尊敬している。義基お父様が有能な『宰相』だから尊敬するわけじゃ無いのが大事なんだ。それが所詮『仮面』でしかないと言うことを分かっていることが重要なんだ」
かえでは誠の顔を真正面から見つめてそう言った。
「『仮面』……ですか。でも偉い人はみんな偉いからその地位に有るんじゃないですか?」
誠の言葉にかえでは教え諭す母親のような表情を浮かべた。
「そう思うのが普通の民主主義国家である東和の有権者だね。しかし、僕みたいに軍の高官や政治の中枢を見てきた人間から言わせるとそれは大きな間違いだ。権力を持った人間は大概、その権力の源が自分が偉いからだと勘違いしている。しかし、その権力の源はその人本人に有る訳じゃない。その地位に有るんだ。そこを勘違いして道を誤る、おごり高ぶる、威張り散らす。そうなったらその人はただの迷惑な存在でしかない。しかも、力を持ってその力を自分勝手に行使できてしまうだけに余計質が悪い。力を持つと人は堕落する。僕はそうでない例外をあまり知らない……君はそんな数少ない例外の一人なんだ。君は『法術』に目覚め、自分自身が力のある人物になった。でも、隊の誰に聞いてもその前の君もその後の君もまるで変らないという。そう言う人間は貴重だ。社会の宝だよ。そんな君を『許婚』として選んでくれた母さんには感謝の言葉しかない。だから僕はすべてをささげて君と成長していきたいと考えているんだ」
かえでの目を見ればそれはかえでの本心なのだろう。誠はそう思うと同時に自分を見つめて来るその高貴な魂を持つ『男装の麗人』の言葉に心打たれていた。