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第132話 見事な料亭風の店で

 それは地元の網元の別邸のようなものを改装したのかもしれない。誠は廊下沿いに見える築山や池、そして見事に配置された木々の並ぶ庭園を見ながらそんなことを考えていた。


 伝統を感じさせる磨き抜かれた柱の間に置かれた小物にまでそのこまごましたところまで行き届いた屋敷の作りに感心しながら誠はかえでの後に続いて長い廊下を歩いた。


「では、こちらでございます」


 店員と言うより仲居と言う言葉がふさわしいこぎれいな和服の女性は突き当りの部屋の前で腰を下ろすとふすまを開いた。


「ああ、ありがとう。いつも世話になるね。これは取っておいてくれたまえ。僕なりのいつもお世話になっているという心遣いだ」


 かえではねぎらいの言葉とともに仲居に封筒を渡すと部屋の中に誠を誘った。その慣れた態度とどう見ても変態的なかえでの姿を見て誠はかえでがこの店にこの格好で何度も来ているんだなと感じていた。


 広い部屋には中央に向かい合うようにテーブルが置かれ、窓からは遠くの縦須賀半島が見える海が一望できた。


「いい部屋ですね……さすがかえでさんの趣味は良いんですね」


 その全裸に近い格好に黒い皮のジャケットを着ているだけのかえでからは想像できない見事で上品な部屋に誠は驚いていた。


 変態なかえでの事だからここで食事にかこつけて自分を襲ってくる。誠はそう考えていたが、かえでは気取る調子も無く静かに座布団の上に腰を下ろした。


「この店は新鮮な魚介が楽しめるのはもちろんだが、その料理にもひと工夫凝らしてあるものが多いんだ。クバルカ中佐は僕がそう言うひと工夫に拘る質だと言うことを見抜いているからね。クバルカ中佐。僕が知る限りあれほどできた軍人と言うモノは滅多にいないものだよ。軍に居ると人の心は荒ぶ。強いこと、強がることが正義だと信じて疑わない野蛮人が出来上がる。出世していくにしたがってその傾向は強くなる。甲武軍の中枢に居た僕にはそう言う経験ばかりだからね。君の初めての上司がクバルカ中佐だと言うことは極めてまれで幸せなことだと思うよ。君はその事実に感謝するべきだと僕は思っているんだ」


 かえでに向かい合って座ろうとした誠に向けてかえではそう言って笑いかけた。


「そんなものなんですか……僕は社会人経験が浅いです……でもかえでさんって僕より一つしか年上じゃないですよね。よくそこまで人を見れますね。僕には今の環境が当たり前すぎて……クバルカ中佐はパワハラ上司という印象しか……確かに見た目はかわいいですけど」


 かえでをこれまでただの変態の露出狂だと思ってきた誠はその慧眼にただ心打たれていた。


「まあ、甲武軍の士官学校は二年間だ。それ以前に高等予科で三年の教育を受ける。結果、僕は二十歳から軍に入り、もう五年目だ。それなりに君よりは社会を多く知っている。それに僕は軍の司令部勤務が長いからね。司令部に居ればそれこそ指揮を出す将官クラスから、最前線に立つ兵士たちまで多くの種類の軍人達と顔を合わせることになる。それに二十代の一年の価値は大きいんだよ。君も一年後の君がたぶん今の君を幼く感じていることに気付くことになるだろう。僕もそうだったから」


 かえではそう言って誠に笑いかけた。その表情にはそれまでの淫猥な様子はまるで見受けられなかった。


 仲居が入ってきてテーブルに箸とおしぼり、そして心づけの小鉢を並べた。


「頼んであるコースで頼むよ。今日は何が楽しめるのかな?」


 あくまで仲居の立場を立てると言う表情でかえではそう言った。


「そうですね、今の季節ですとアジがおいしくなっております。この湾の出入り口の荒波に揉まれアジは身も引き締まって大層おいしゅうございますよ」


 誠は高級魚が出て来るかと期待していたのに食べ慣れたアジがメインだと聞かされて少しがっかりした。


「それは楽しみだ。季節のモノは季節の時に食べる。その値段などに騙されてはいけない。誠君。君は今少しがっかりしたような顔をしているが、そう言うところは直していくべきだな。食べるものの味は値段で決まるモノじゃ無いんだ。確かに甲武のように食材自体が値段で味が決まる環境にあればそれは事実かも知れない。でもここは豊かな自然に恵まれた遼州本星なんだ。だから良い食材は値段と関係なく手に入る。だから何事もお金ですべてを判断してはいけないよ。僕も常々父からそう言われている。ああ、この父は宰相西園寺義基のことだよ。僕には二人の父が居るからね。実の父、西園寺義基。そして四大公家末席を僕に譲った義父嵯峨惟基。ああ、君にもいずれ実の父を会わせよう。理想に満ちた力強い政治家だよ。僕の理想の父だ」


 かえではそう言って誠の心を見透かしたように笑いかけた。

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