第129話 笑う廃帝の『姫』
「なんだ、あの二人はお似合いだよ。まあ、北川には肝心の他の女を孕ませる任務も有るんだがね。桐野。貴様にもその話はあったはずだとアタシは聞いてるがね。アンタは不死以外にもいろいろ使える法術を持ってるらしいじゃないのさ。法術師としての素質はアンタの方が上でフランスもアンタを欲しがったんだよ?なぜ断ったんだい?」
カラは淫猥な笑みを浮かべて隣で無表情を貫く桐野に目をやった。
「俺は生きている女には興味がない。見ているだけで虫唾が走る」
桐野はそれだけ言うと静かに黙り込んだ。その異常な発想にカルビンは顔をしかめた。
「ああ、アンタは死んだ女を犯すことしか興味が無いんだったね。まあいいさ、北川にはせいぜい頑張ってもらうとしようか。それより、菱川の連中からのデータで本当にあの『方天画戟』をしのげる機体をアンタたちは作れると言うのかね?アタシは実績のない他人は信用しない質でね。それに親父がアレの改良型に乗ることになればフランスにとっても脅威なんじゃないのかい?」
カラは笑いながらそう尋ねた。
「表面上は東和は地球圏からの企業への出資は禁止されているが、裏ルートを使っての出資はやりたい放題ですよ。東和は経済が上手く回るなら敵だろうが味方だろうが関係なく出資を受け入れる国だ。共和国の意向に協力的な取締役も相当数菱川の関連企業には送り込んである。当然、彼等は今回のプロジェクトには前向きだ。それに『廃帝陛下』は約束を守る方だと聞いている。共和国の安全さえ保障していただければ他の国がどうなろうが共和国の軍人である私の関知することでは無いですよ」
カルビンは得意げにそう言い放った。
「菱川の方はどうでも良いんだよ。なにしろ『方天画戟』を35年前に作った会社なんだから。そんなことより、そのデータをもとにして利用できる技術がフランスにあるのかと聞いているのさ。法術に関する技術は東和とフランスじゃ雲泥の差だ。そして、今回の機体は素人でもあの『汗血馬の騎手』と呼ばれるクバルカ・ランが乗る『方天画戟』を倒せるだけの性能をアタシ等は望んでいるんだ。そんなものを本当に作れるのかい?菱川の連中は父の提案を安すぎると言って断った。だからこちらはアンタ等の都合のいい条件を提示して父にふさわしい機体の製造を依頼してるんだ。こちらの条件に見合う機体じゃないと釣り合わないねえ」
カラはからかい半分の表情でカルビンに向けてそう言った。
「我が国の技術力を舐めてもらっては困りますな。菱川の技術は確かに高いですが、当方にもそれなりの技術がある。そのことはお忘れなきよう。すでに『廃帝陛下』が乗ることを想定しての機体本体の稼働実権は本国で行っている最中ですよ。アナログ技術に拘り過ぎる遼州圏と違い地球圏のデジタル技術とそれを活かした操縦補助システムの開発においては我が国は独裁政治に嫌気のさしたアメリカから亡命して来る優秀な技術者のもたらす技術によりも進んでいるくらいだ。そして、今回の法術関連、特に特殊な『法術増幅システム』の分析ですが、もうすでにかなりのめどがついています。確実にパイロットが『廃帝ハド陛下』ほどの法術師であれば『方天画戟』だけではなくあの嵯峨惟基が乗る『武悪』も同時に相手が出来るくらいの機体を納入できますよ」
カルビンは得意げにそう答えた。
「そうかい、ならいいんだがね。ただ、時間は限られている。あの嵯峨惟基と言う男は頭の回転の速い男だ。この艦がこの港に入った、そして菱川の技術者が多く出入りしていることくらい奴も掴んでいるはずだ。その対策が練られる前にこちらも動きを始めたいところでね」
そう言うとからは静かに立ち上がった。
「では『力なき』地球人の艦隊司令さん。結果をお待ちしていますよ。そうでなければ……お父様はアンタの愛する共和国も『力なきものの烏合の衆』と見なして滅ぼしてしまうからね」
立ち上がるカラを見て桐野も静かに後に続いた。
「それはもう……完璧なまでに『宇宙の王』にふさわしい機体をお届けに参りますよ。そこだけは確実だと信じていただきたい」
司令室を出て行くカラの背中を見送りながらカルビンは自信に満ちた笑顔を浮かべていた。