第12話 不機嫌な娘と気の強い花魁
「西君、その必要はありませんことよ。西君は医務室に直接向かってくださいな」
西が扉を開けるとそこには金髪のロングヘアーの青い髪の女性が立っていた。彼女が着ているのは司法局実働部隊と同じ制服に金のモールがついている隊と同居している司法局の法術対策専門部隊『法術特捜』の警部の制服だった。
誰がどう見てもゲルパルト辺りの白人女性にしか見えないのだが、彼女が司法局実働部隊に併設されている『法術特捜』の主席捜査官、嵯峨茜警部であった。そして見た目はまるで似ていないが紛れもなく『駄目人間』嵯峨の一人娘で、『駄目人間』である父親の更生に頭を痛めている苦労人だった。
「お父様。……詳しい話はアン君から聞きました……語るに落ちたとはこのことですね!お父様の女好きはもう病気です。今から精神病院に行きましょう。間違いなく『性依存症』という診断が下されるでしょうから。お父様にはちゃんとした医療機関での治療が必要になりますわ。病院のお金の事なら心配しないでください。私が出しますので。さあ、急ぎましょう」
茜はそのまま腕組みをしながらずかずかと嵯峨の元へと歩み寄ってきた。
「なんだい、この異人さんは。随分と態度がでかいじゃないかい。ここは『悪内府』と恐れられた嵯峨惟基憲兵少将の執務室だよ。そんなデカい面をするとは……この異人さんは物事を知らないと見えるねえ。しかも新さんが病気?新さんの女好きは昔からだよ。病気じゃなくてこれは新さんの素敵なところなんだ。でもたぶん今日で新さんの女探しの旅もおしまい。なんと言っても花街の太夫の最上の女の味を知ることになるんだ。それを知ったら他の女なんて抱く気にならなくなるから……ねえ、新さん……あれからアタシも上手くなったんだよ……絶対後悔させないからさ……ね?」
お蔦は茜の怒りに震える口元を見ながら嵯峨に纏わりつくとそんな甘い言葉を嵯峨に向けて言った。すぐに茜の鋭い視線がお蔦に向けられる。
「父を堕落させるだけの人に異人呼ばわりされる筋合いは有りませんわ!私は間違いなくこの『駄目父』の娘です!嵯峨茜という誇るべき名前も有ります!あなたこそどうやってこの東和までいらっしゃったのかしら……まさか足抜け?お父様。あれほど甲武に行っても女は買うなと言って私があちこちに手配したのにその目をくぐって遊び歩いて……そのツケがこれですか?小遣い。今月から無しにしますんでお覚悟はよろしくて?それよりも病院に行きましょう!お父様には今一番必要なのは医療機関での治療です!」
茜は冷たく言い放って嵯峨を見下ろした。
「茜、誤解だ!俺は秋に甲武に行ったが花街にも岡場所にも一切行ってない!それにお蔦とはその時は会ってない!お蔦と最後に会ったのも俺が18で陸軍大学校の寮に入る前の話だ!時効だ!俺は無罪だ!それに俺は精神病じゃない!うちで精神病院のお世話になる依存症はベルガー一人で十分だ!」
嵯峨は慌ててそう言って娘に頭を下げた。
「そうだよ、新さんとアタシと新さんがそう言う関係だったのは新さんが16歳の時から18の時まで。それから先の話は……後でしようと思ってたんだ」
お蔦はそう言って茜をにらみつけた。
「どこの玄人娘か知りませんが、見え見えの嘘は止めた方がよろしくてよ。あなた達。どう見ても18くらいにしか見えないじゃないですか。父はこう見えてもう47です。見た目は確かに若いです……若い?年を取らない?もしかして……神前君。ひよこさんは?」
今度は茜が誠に向けて法術の専門家であるひよこの事を聞いてきた。
「ひよこさんはいつもの遅刻ですよ。それと隊長が嘘つきなのは前々から分かってたんですけど、そのこととひよこちゃんが何か関係あるんですか?隊長の無茶の責任をひよこちゃんに押し付けるつもりですか?いい加減隊長も観念したらどうです?茜さんの言う通り隊長は一度病院に行って診てもらった方が良いですよ。病院が嫌ならカウンセリングとかも有りますし。きっとそのお金は茜さんが出してくれますから安心してください」
誠も嵯峨の駄目っぷりが分かっていたので冷たくそう言った。
「だから、ひよこに説明してもらえればお蔦が若く見える理由もお前さん達が納得できる形で明らかになるの。お前さんも俺の言うことなんて信じないでしょ?だから科学的根拠が欲しいわけ……でも、アンの奴、あんなに普段は無口なのに実は噂好きなんだな。まもなくこの隊の全員がここに押し寄せて来るぞ……面倒なことになったもんだ。まあ若気の至りかな。自業自得って奴か」
嵯峨は自分を信じてくれない誠に向けてそう言って大きなため息をついた。