第11話 けげんな顔をする『駄目人間』
お蔦は明らかに呆れたような表情でいかにもお役所というコンクリート造りの本部棟を見上げた。
「それにしても貧相な建物だねえ……あの天下の『鬼より怖い悪内府』と恐れられたお方が隊長を務める部隊の本部にしちゃあ酷すぎやしないかい?それにここは連戦連勝、向かうところ敵なしの『特殊な部隊』の隊舎なんだろ?だったらもっと豪華でも良いじゃないのさ。甲武の軍の施設が汚いのは分かる。あの国は敗戦国だからね。でもここは宇宙の経済大国である東和共和国だろ?だったら甲武国の『稀代の策士』と呼ばれたたぐいまれなる才能の持ち主の公爵様の為にもっとマシな建物を建てるくらいの気の使いようもできるだろうに」
誠に付いてくるお蔦はコンクリート打ちっぱなしの本部棟の建物を見上げるとそうつぶやいた。
「お蔦とか言ったね。余計なことを言わないように!軍の施設は常に質実剛健!昨日さえしっかりしていれば見栄えなんてどうでも良いんだ!これは隊長もいつも言ってることだ!よく覚えておけ!」
お蔦に対して警戒感むき出しの西はお蔦にそう言うと誠に目くばせした。その目は玄人女には絶対に心を許すなと誠の目からも分かるようにしっかり書いてあった。
お蔦は自動ドアが開くのを珍しそうに見つめた後、誠達について階段を上り隊長室のある二階にたどり着いた。そこまで隊の面倒な人間に出会わなかった幸運を誠は神に感謝した。
「失礼します」
3回ノックした後、誠は隊長室の扉をおもむろに押し開けた。どうせ相手は公金を横領して女を買う『駄目人間』である。今更遠慮などする必要を誠は感じなかった。
「おい、いきなり朝から用事かい……ってなんでこんなところに玄人女が……しかも丁度売れ頃のいい女じゃないか?神前、気が利くな。お前が冬のボーナスを叩いて男やもめの寂しい俺の為に甲武から呼び寄せてくれたの?出来た部下だね。何なら俺が手を回して少尉への任官を上申してやろうか?でも、俺は残念ながら熟女マニアなんだ。30代中盤から50代前半の熟女だったらそうしてやってもいいけど、娘より若い女は……どうだろうねえ……」
隊長の巨大な机でぼんやりと誠達を見つめていた嵯峨の視線はいかにも『脳ピンク』らしくお蔦に注がれた。お蔦を玄人女と一目で見抜く嵯峨の目を見て誠はやはり嵯峨も甲武国の人間なんだと改めて思った。
そんな中、お蔦の顔は一瞬驚きに包まれた後、すぐに歓喜に満ちたものへと変わるのを誠は見逃さなかった。
「新さん!新さんかい!立派になっちゃって!会いたかったよ!……って新さんずいぶん若いじゃないのさ……もっと渋い将軍様になってるもんだと思ったのに!どう見てもこの身体の立派な兵隊さんのお兄さんくらいにしか見えないじゃないのさ!でも、その面影。どう見ても新さんだね!もうあれから30年だよ!会いたかった!本当に会いたかった!」
お蔦は遠慮も無く誠と西を押しのけて嵯峨に向って歩み寄った。そしてそのまま誠達が見ているのにもかかわらず椅子に座る嵯峨に情熱的に抱き着いた。
「あのー……俺にお金は無いよ。きっと甲武のそう言う店から来たんでしょ?所作で分かるよ。俺はかつてそう言うところに良く出入りしてたから。それにしても見覚えがあるような無いような……30年?どう見ても二十歳にすら見えない今売れっ子の女郎にしか見えないんだけど……ちょっと話が見えないな……さすがの俺も君の言う言葉に混乱している。少し考える時間をくれないかな?」
嵯峨は美女に抱き着かれて鼻の下を伸ばしながらも不思議そうな顔をして懐かしそうな目で自分を見つめる絶世の美女に目をやった。
「なんだい!その態度は!本当に新さんは薄情だね!アタシの事を忘れたとは……切れ者だったあの頃の新さんはどこ行ったんだい!何度アタシ達を抱いたと思ってるんだい!田川宿の相模屋!覚えていないとは言わせないよ!」
お蔦は強い口調で嵯峨に向けてそう言った。お蔦の言葉を聞いて嵯峨は何かを思い出したように手を打った。
「田川宿の相模屋……そうなると……もしかしてお蔦さん?でも……あれからもう30年になるんだよ……ああ……なんとなーく理由は分かって来たよ……まあそれはそれとして遠いところわざわざ大変だったね。年季が明けたのかい。いや、あれから30年だもんな。年季はもうとうに明けてるか。それにしても何の連絡もよこさずに俺の所に来るなんて……連絡くらいくれれば俺としても対処のしようがあったのに……」
嵯峨はうれしいのか戸惑っているのか複雑な表情でお蔦達を見つめた。そして急に緊張した面持ちで西に目を向けた。
「西、茜を呼んできてくれ。それとひよこだが……どうせ遅刻だろ?医務室に行って机にメモを置いて第一会議室に来るように手配してくれ。大至急だ!茜に会ったら『これは法術に関する重要な話だ』と伝えろ!俺の所に女が来たなんて言うなよ!急げ!これは茜と本気で対決して今度こそ勝利を勝ち取って経済的ドメスティックバイオレンスを止めさせるいい機会として利用できる。ようやく月3万円生活ともおさらばできるかもしれない!」
嵯峨の言葉を聞くと西は敬礼をして隊長室を飛び出していった。そう言うと嵯峨は初めて戸惑いから懐かしい知り合いに出会った喜びに気付いたように笑顔を浮かべた。




